管理戸数減少も家賃収入は100億増加!
「老い」と「認知度」という2つの課題に挑んだ
UR賃貸住宅のリブランディングとは?

独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)白須 英樹氏
Profileプロフィール
独立行政法人都市再生機構(UR都市機構) 住宅経営部長
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 スタンダードトレーナー・プラクティショナー
1990年に住宅・都市基盤整備公団(現独立行政法人都市再生機構(UR))に入社。
2013年にUR賃貸住宅(当時全国で75万戸)のマーケティングを担当する営業推進チームリーダーに着任。
そこで様々な課題にぶつかり、マーケティングを超えて、ブランディングの力により、その課題を解決していくこととし、そのプロジェクトチームのリーダーとしてチームを牽引。
その後、特定のエリアを所掌する部長などを経て、2024年、UR賃貸住宅(現在全国で70万戸)を所掌する住宅経営部長に着任。
現在、全国のUR賃貸住宅のブランディングの責任者であり、組織変革、人材開発、DX推進、リスクマネジメントなど幅広い業務を所掌。
「BRAND MANAGEMENT AWARD」では「UR賃貸住宅のリブランディング」で優秀賞を受賞。
1955年に日本住宅公団として設立されて以来、社会課題に向き合いながらDKや食寝分離を広めるなど、“日本の暮らしのスタンダード”を作ってきたUR都市機構。
ただ、“建物の老朽化”と“居住者の高齢化”という「2つの老い」や、UR賃貸住宅の認知度向上という課題も抱えていました。
そこでプロジェクトチームを立ち上げ、リブランディングに着手。
家賃収入はブランディングにより100億円増加するなど成果を挙げています。
UR都市機構のブランディングとはどのような取り組みなのか、住宅経営部長の白須英樹氏にお話を伺いました。
「2つの老い」という課題
本日は、2024年度「BRAND MANAGEMENT AWARD」で優秀賞を受賞した「UR賃貸住宅のリブランディング」について、お話をお伺いできればと思います。
まず、今回のブランディングの背景について教えてください。
まずは「UR都市機構とは何か」をご説明します。
UR都市機構は、1955年に街づくり、住まいづくりを担う国の機関「日本住宅公団」として設立され、2004年に現在の「UR都市機構」と名称変更しました。
日本住宅公団は「食寝分離」というスタイルを普及させ、ステンレス流し台や洋式トイレの採用など戦後の生活スタイルを先導してきました。
いわば、日本の暮らしのスタンダードを作ってきたといえるでしょう。
ただ、UR都市機構には2つの課題がありました。
1つは“建物の老朽化”と“居住者の高齢化”という「2つの老い」、2つめは「UR賃貸住宅の認知度」です。
そこで、この課題をブランディングの力で解決するためのプロジェクトを立ち上げ、チームメンバーとともに2014年から「リブランディング第1章」をスタートした、という形です。
課題ですが、まず「2つの老い」についてお話しします。
年代別に分解しますと、昭和50年代までに建設した住宅が6割以上を占めており、団地に対して「古い」というネガティブな印象を持たれていました。
さらに世帯主の方の平均年齢を見ると、1965年は36.2歳でしたが、2010年には56.8歳と上昇しており、高齢化していたのです。
次に「UR賃貸住宅の認知度向上」という課題については、約50年にわたり蓄積してきた「公団住宅」というブランドに対して、UR賃貸住宅の認知度も上がってはきたものの、築浅物件と異なり、高経年化した商品であることから指名買いをしてもらう必要がありました。
それにもかかわらず、住宅のニーズには地域性があるという考えからCMやウェブサイトはエリアごとにバラバラに展開しており、ロゴも統一されておらず、ブランド資産が分散している状況だったのです。
そこで、CMやウェブサイト、ロゴの統一はもちろん、差別化ポイントも明確にして「選ばれるUR賃貸住宅」を目指しました。
家賃収入が100億円増加
まずは、環境分析による市場機会の発見です。
資産を持つことのリスクや「所有から賃貸へ」という流れがあるため、持ち家志向が低下している若年層への共感獲得と刈り取りが可能では、と考えました。
そこで若年層を継続的なコアターゲットとして、その層がファミリー層になっても住み続けられる環境を整えて囲い込んでいこうと決めました。
ポジショニングは、「フレキシビリティ」と住み続けられる「サスティナビリティ」を併せ持つのがUR賃貸住宅の強みであると捉え、持ち家でもない、民間賃貸住宅でもない「第3のポジション」を確立することとしました。
また、ポジショニングの補強として、独自価値である「暮らしの多様性」「自然環境」「人間環境」の3つの価値軸をより強化していくことも意識しました。
さらに、「これからの暮らし方をつくろう。」をコンセプトとして掲げ、CIロゴも親ブランドに合わせて統一しました。
こうした取り組みの一方で、「団地へのネガティブな印象」という課題はもともと組織全体で持っており、全国同時多発的に課題解決に向けたプロジェクトも動き出していました。
その1つが2012年からスタートしている「MUJI×UR団地リノベーションプロジェクト」です。
これはMUJI HOUSEとの連携によるもので、団地の持つ様々な可能性を活かして、これまでにない暮らし方を賃貸住宅で実現しようとする取り組みです。
また、「団地」を核としてエリア全体の活性化を図るため、2011年から「団地の未来プロジェクト」を開始しました。
このプロジェクトでは、隈研吾さんの監修で、団地の広場を洋光台の「立体縁側広場」という心地いい空間へと変貌させ、さらに佐藤可士和さんの監修により外壁修繕や屋外環境整備を行い、芝生の広場を新たなくつろぎの場にするなど大きく変貌させています。
マス広告、ウェブ、店頭と一貫性を持って展開し、特に2016年から全国統一で展開している「URであーる」のCMにより、認知度が向上しました。
これらが相まった結果、ブランド再認、ブランド再生ともにスコアは2016年以降上昇傾向にあり、若年層スコアも上がりました。
長くお住まいの方が多いので一気に若返りを図ることは難しいですが、平均世帯年齢の上昇カーブは少し緩やかになっています。
最終的な成果の家賃収入についてお話しすると、2014年に比べ2023年では老朽化した建物を徐々に減らし、管理戸数が5万戸程度減少していますが、家賃収入は約100億円増加しました。
こうした結果から、ブランディングの第1章は一定の成果があったものと評価しています。
ブランド・アイデンティティを軸により一貫性を持ったブランドへ
エクスターナルが大きな成功要因だということは間違いありません。
ただ、インターナルから変革していく必要もありましたので、成功要因としては、組織全体として健全な危機感を共有できたことや、MUJI×URのように自社の強みを見つめ直して再編集し、早い段階での成功体験を経て、組織として、それから職員一人ひとりの自信を回復できたことが大きかったのではと思います。
また、変革意識の高い人材の活用や育成が重要だと考えているので、その変革意識の熱量をバトンリレーし続けられたことも大きかったと思います。
社内で「コミュニケーション戦略がブランド戦略」という認識が強く、様々な取り組みで一貫性、ストーリー性に欠けていることが課題と捉えています。
核となるブランドコンセプトも、実は浸透していませんし、CMの「URであーる」に印象が偏っています。
これは、UR賃貸住宅の提供価値の核を言語化できておらず、すなわち、ブランド・アイデンティティを明確化できていないことに原因があると考えています。
そこで、今年からリブランディング第2章を始めています。
第2章のスタートは、ブランド・アイデンティティの策定です。
実はこれを言い出したのは、チームのメンバーでした。私自身、協会でブランディングを学んでいたタイミングでしたので、運命的なものを感じました。
そして何よりも、UR都市機構は約3年ごとに異動があるのですが、この10年間私がチームを抜けた後も各メンバーがバトンをつなぎ続けてきてくれたことをうれしく思っています。
現在は私が部長としてそのバトンを引き継ぐことになったので、「必ずこれをやり遂げなければならない」という心境ですね。
ブランド・アイデンティティはインターナルでもエクスターナルでも中心となるものなので、今後はこれを軸に、更に一貫性を持ったブランドを構築していこうと考えています。
※掲載の記事は2025年3月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。
【登録無料】
会員サイト「メイク」