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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >鹿毛 康司氏 Vol.1

<志>なきフレームワークに意味はない – 前編

鹿毛 康司氏 Vol.1 エステー株式会社 宣伝担当執行役特命宣伝部長・クリエイティブディレクター

聞き手:一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本俊幸

【鹿毛 康司氏のプロフィール】

エステー株式会社
宣伝担当執行役特命宣伝部長・クリエイティブディレクター。

1959年福岡県生まれ。

早稲田大学商学部卒業後、雪印乳業(現・雪印メグミルク)に入社。

ドレクセル大学にてMBA取得(マーケティング、国際ビジネス)。

帰国後、同社の営業改革を担当。

2000年の雪印集団食中毒事件、2001年の牛肉偽装事件における被害者・マスコミ対応の前線に立つ。

その後、2003年にエステー入社。

宣伝担当として広告すべてのクリエイティブ・ディレクションを担当しヒットCMを生みだし続けてきた。


鹿毛 康司氏の主な著書

  • 愛されるアイデアのつくり方
    鹿毛康司 著
    WAVE出版




雪印で直面した企業ブランディングの本質

聞き手

本日はお忙しいところありがとうございます。
鹿毛さんはつねづね、企業のブランディングはまずお客様を思う気持ち、心が大切だとおっしゃっています。そのようなお考えになった経緯について伺いたいのですが。


鹿毛

きっかけは前職の雪印で2000年に経験した、食中毒事件のときです。 私は大阪の被害者の方々のもとへお詫びに伺いました。しかし、その目の前にいる方に声をかけられなかったのです。なぜなら「企業人格」として何を反省し、何を約束し、何ができるかということを、あの混乱の中で誰も言えなかったからです。私はこのとき「企業ブランド」の難しさを痛感しました。雪印は「健康な土に、健康な民を」という創業者の高い志を持ち、お客様にとっても社員にとっても素晴らしい会社だったと思います。しかし、この「<企業人格>として言えることがない」という経験は、その後の企業のブランディングを考えるときに強烈な影響を与えましたね。
本来会社には、創業者の「こうしてお客様に喜んでもらおう」という、強い志があります。ところが会社の規模が大きくなってくると、お客様の喜びよりも売上・利益が先になってしまいます。なぜこの会社を作ったのか、何をみんなに約束して喜んでもらおうとしたかを忘れて、経営やマーケティングに走ってしまうのです。それではお客様に向き合う事はできないということを、私は雪印の経験で学びました。


聞き手

窮地に立ったからこそ本当に大切なことを思い起こすという、震えの出るお話ですね。


鹿毛

だからブランド・マネージャーにとって大切なのは、ブランディングのためのフレームワークの前に、お客様への愛情や志です。お客様を喜ばそうと心の底から思っていれば、アイデアは自然と出てきますが、フレームワークだけでは何も出てきません。ただ、この愛情や志というものは、そもそも教えられるものではなく、もとから持っているかどうか……そういうものだと思います。


経営における企業理念とは

鹿毛

まず企業理念やブランド・ミッションが必要とされる理由は、次のような状況を考えてみると分かりやすいかもしれません。
お母さんが愛情を込めて子どもにお弁当を作ると、そのお弁当には当然愛情がこもります。でも「買い物に行くお母さん」「材料を切るお母さん」「調理するお母さん」「盛りつけるお母さん」「完成したお弁当を運ぶお母さん」に分かれていたらどうなるでしょう。買い物をするお母さんは栄養バランスよりも、ひたすら安い物を買うことに集中する。材料を切るお母さんは食べやすさよりも、ひたすら効率良く切ろうとする。調理するお母さんは、健康なんて考えない。盛りつけるお母さんは、とにかくきれいに盛りつければいいと考える。運ぶだけのお母さんは「私が作った弁当じゃない」と言って、さっさと食べさせようとする……。
わずか5人の組織でも、こういうことが起きます。だから「お母さんの愛情」という想いを共有しなければならないわけですが、この愛情が「企業理念」です。


聞き手

親子愛でたとえるととても分かりやすいと思いました。まさに、「愛」ですね。


鹿毛

そうです。愛がないと、競争優位は持続しません。資産があるかとか、戦略はどうかということは、その次です。ですから、そもそも経営と理念はイコールでなくてはなりません。ブランド・マネージャーの役割は、その<愛情>を社内外で共有させることです。方法論よりも愛情、志が先というわけです。


聞き手

大前提として「企業理念」や「愛」を持っていて初めて、ブランド戦略が生きてくるということですね。


鹿毛

そういうことです。「企業理念」や「愛」や「志」なしにテクニックを振り回しても、お客様の前では役に立たないでしょう。手法の話ばかりするブランド・マネージャーの話は時として退屈です。中小企業のマーケッターは顧客との距離が近いので、その事をよく理解している方が多いですね。



東日本大震災後のCMであぶり出された企業の姿勢

鹿毛

東日本大震災が起きた2011年3月1日、ほとんどの企業が公共広告機構(AC)への差し替えを選び、日本中からテレビコマーシャル(CM)が消えました。今までエステーのCMでブランディング、ブランディングと大上段に構えて、お客様に企業としての志を伝え、約束すると言ってきたおまえは一体どうするのだ?と私は社会から問われているように感じました。ここで何もできなければ、私は口ばかりの男になる。悩んだ末に、お客様に喜んでいただいて初めて企業は存続するのだ、という原点に立ち戻りました。そのときに背中を押してくれたのが、Twitterに広がる「今こそエステーの面白いCMが見たい」という声だったのです。


聞き手

話題になったTwitterの件は、ソーシャルメディアを利用した新しい広告手法とか、そういう小手先の話では無かったのですね。


鹿毛

その通りです。このとき多くの企業は、こんな時期にCMを打つなんてとんでもないと、ACに差し替えました。そして「日本はひとつ、頑張ろう」というCMが流れ出したのです。現地で何が起きているかもわからない、何万という人が亡くなっている……そんなときに私は「頑張れ」というCMを流すことはできませんでした。被災者の方々の気持ちを考えれば、愛のあるアプローチ方法が他にもあったのではないかと思います。


聞き手

確かにその通りですね。
一方、手法に頼らず企業理念に沿って行動した企業もあったのではないですか?


鹿毛

ディズニーランドは「夢をかなえる国を準備しています」というCMを流し、トヨタはホームページで道路情報の提供を行っていました。またIBMは堂々と「サーバーが足りないところはありませんか」というCMを流しました。これらの会社は今までお客様に喜んでもらっていた「企業理念」をそのときもはっきり理解し、示していたのだと思います。


震災下で生まれた奇跡のCM

鹿毛

一方、私は何をやっていたか。 2011年3月15日の早朝5時50分、5才くらいの子ども達が私をじっと見つめて、「ラーラーララー」(今や有名なあの曲)と歌っている夢を見ました。それを見たとき、エステーがこれまでお客様に喜んでいただいていた“クスっと笑えるCM”を大切にしようと思いました。そして制作関係者のミーティングで夢の話をしたところ、それを基にCMを作ることが決まったのです。「広告賞を取らなくていい」「ウケを狙わなくていい」「東北の人たちに顔向けできるものを作ろう」と意識合せを行い、手法はメンバーに任せました。


聞き手

まさに降ってきたのですね。その感覚を大切にしたと。


鹿毛

2011年3月23日には企画案が出来て、当時社長の鈴木喬(たかし)に説明にいきました。実は当時、消臭力を作っていたメイン工場である「いわき工場」は被災していて、商品はありませんでした。商品が無いのにCMを打つという私の話を聞いて、社長の鈴木は「鹿毛さん、志ということですな」と椅子から立ち上がり、握手を求めてきたのです。このときほど、企業が理念で動いているのだと実感したことはありません。私は一介の宣伝部長ですから、会社の理念は決められません。それができるのは経営者である社長だけです。その社長がこのCMを「志」と言い、握手を求めてきた。しかも、「CMロケ地のリスボンは1755年に津波で6万人が亡くなった街ですよ」と教えてくれました。ゾッとしましたね……これは呼ばれている、そう思いました。


聞き手

社長のぶれない軸は凄いですね。それとシンクロニシティが重なっています。


鹿毛

それから4月2日に、現地で「ミゲル」に会いました。主役がミゲルになったのも本当に偶然でしたね。本来テレビCMは調査に2ヶ月、それからプランニングをして撮影から編集まで1ヶ月はかかりますから、トータルで4~5ヶ月はかかります。それをたったの2週間で現地に飛んで撮影したわけですから、全てが常識外れでしたね。


後篇へ続く

※掲載の記事は2016年11月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。