職員と市民が一体となって取り組みを推進
社会増を実現した持続可能な本巣市の
ブランディングとは?
合同会社Brand.Communication.Design.平野 朋子氏
Profileプロフィール
合同会社Brand.Communication.Design. 代表 一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 エキスパートトレーナー/シニアコンサルタント
サンタモニカ大芸術学部グラフィックデザイン学科卒業後、ロサンゼルスでスケートボードメーカーのグラフィックデザイナーとしてキャリアをスタート。
帰国後、広告代理店や通販会社で経験を積み、ブランド戦略における企画やプロモーションに携わる。
独立後は、新規事業立ち上げや既存事業のブランディング、社内向のブランド浸透のブランディング支援を行う。
年間50回以上のセミナーやワークショップに登壇し、1000名以上のビジネスパーソンにブランド戦略の重要性を伝えている。
出版物・受賞歴
共著:新版「社員をホンキにさせるブランド構築法」(同文館出版)
受賞:ブランディング事例コンテスト 地方創生審査員特別賞
地方自治体が地域ブランディングを行う場合、しばしば「予算ありき」の発想に捉われてしまうことも多いはず。
ただ、そのような考え方は、予算がカットされた時点で活動が止まってしまうリスクもはらんでいます。
岐阜県本巣市では、予算がなくても持続可能なブランディングの仕組みを構築。
職員と市民が一体となったブランディングを推進し、転出超過だった状況を転入超過にするなど成果を生み出しています。
本巣市の地域ブランディングとはどのようなものなのか、合同会社Brand.Communication.Design. 代表の平野朋子氏にお話を伺いました。
職員と市民が主体となりブランディングに着手
まずは今回のブランディングの対象である本巣市について教えてください。
本巣市は、岐阜県南西部にある人口が3万3000人ほどの市で、奥部には福井県境まで広がる広大な山林、南部には住宅や工業団地、大型ショッピングモールが点在する市街地が共存しています。
2009年には「全国住みよさランキング」で1位を獲得し、その後も上位をキープしています。
市には能・狂言や人形浄瑠璃といった国指定無形民俗文化財も数多く残っており、自然や伝統文化が大切に守り続けられているのが特徴です。
また、豊かな自然環境を生かして森林セラピーに取り組んだり、日本数学の第一人者である高木貞治博士にちなんだ数学の街づくりを進めたりするなど、様々な取り組みを行っています。
ブランディングに取り組むことになった2018年当時は、全国の自治体が地方創生、特に移住・定住促進に力を注いでいた時期でした。
本巣市も例外ではなく、東京や大阪などでイベントに参加してライバルたちとPR合戦を行っており、まさに「人口を奪い合っている」ような状況だったのです。
ただ市の人口はというと、2013年から転出超過となり、減少し始めていました。
そこで、社会減が続く状況を打開するため、どこの地域でも言えるような「自然豊かで住みよい」というセールストークしかできず、コンテンツや見せ方において一貫性がない現状をクリアすること、そして市の魅力やブランド力を整理して発信することが必要だと考え、職員と市民が主体となってブランディングに取り掛かりました。
「シビックプライドの醸成」をゴールに
最初の1、2年は、庁内の職員メンバー16人で、外から人を呼び込むためのエクスターナルブランディングに取り組みました。
ただ市民の生の声を聞いていく中で、行政が取り組む良い面があまり知られていないということがわかったのです。
エクスターナルブランディングに取り組む前に住んでいる人たちへのブランド浸透にもっと力を注ぐことが必要だと気づきました。
また、ほかの市・街を研究し、市民の満足度が高い地域が結果的にエクスターナルブランディングで効果を上げていることもわかりました。
そこで、ブランディングをスタートした時点では「移住・定住人口の増加」と「外から人を呼び込む」ことをゴールに設定していましたが、目指すゴールを「シビックプライドの醸成」に変更しました。
まずは市民が地元を愛せるようなインターナルブランディングに取り組むことにしたのです。
このため、3年目からは影響力のある市民をブランドアンバサダーとして巻き込んでブランド・ビジョンづくりをしました。
4年目にはブランド戦略をまとめたブランドブックをリリースし、職員やブランドアンバサダーが中心となってブランド・ビジョンに沿った施策を進め、市民の自発的なブランド浸透活動も行われるようになりました。
まずターゲットを「ゆとりある住環境で暮らしたい人」「画一的でなく、個性を大事にしたい人」「家庭も仕事も両立させ心が満たされたい人」という価値観を持つ人に設定し、ブランド・ビジョンは「暮らしを自給し、暮らすよろこびが持続するまち」としました。
自給とは、遠くの誰かに頼らずともここにいるみんなの力を持ち寄って課題を解決していく力のことです。
官民関係なく、市民のみんなが主体的に街に関わることで暮らす喜びが生まれ、その喜びを持続させていきたいという思いを込めました。
そんなブランド・ビジョンを広めるために、タグラインはみんなが口ずさみたくなるリズミカルな言葉として「よろこび、ぞくぞく 自給持続」と決め、タグラインを補足する「自らの手で暮らしをつくり、生きるよろこび、暮らすよろこびが、続くまち、本巣。」というサブコピーも作りました。
ブランドロゴは、自給に必要な様々な道具がタグラインを囲んでいるデザインを選定し、暮らしや喜びを生む道具が円で囲む様子を表しました。
本巣らしい持続の象徴として、レールバス、能・狂言で使われる面などを取り入れています。
円で囲んだのは、町で生まれたものも課題もみんなで分かち合って解決していこう、という希望を込めたからです。
ブランドカラーには、柿が本巣市の地の恵みの象徴であることから柿色を採用しました。
また、ホームページや広報誌、紙袋、エコファイルにブランド要素を反映させて接触量を増やし、市民へのブランド浸透コミュニケーションを図ったほか、庁内へのブランド浸透コミュニケーションとして、ポロシャツ、名刺、名札にブランド要素を反映させ、ブランド要素に接触する接点を意図的に増やしました。
ブランディングで人口の社会増を実現
ブランディングによる効果は、3つあります。
1つ目は、本巣市役所の職員の中に「年代、年齢、性別を問わず、こういう価値観を持った人に住んでいただきたい」「こういう人たちが住み良い街にするにはどうすべきか」「この価値観を持つ人に刺さるように」という顧客目線が生まれたことです。
そして2つ目は、一貫性です。
ブランド・ビジョンに沿った施策を考えられるようになり、バラバラだった施策に一貫性が生まれました。
また、予算の使い方も無駄がなくなり、「本巣はこういう街だ」と語れるようになり、効率的なPRが行えるようにもなりました。
最後に、3つ目の効果は人口の社会増です。
特に、職業や結婚が理由の転入ではなく住環境を理由とした転入が多かったことは、ブランディングが寄与した証だと思います。
人口は、2013年以降は転出超過でしたが、2022年は転入超過となりました。
さらにこうした効果に加え、「個を生かす教育」「ワークライフバランスの支援」「住み続けられるまちの維持」という3つの社会課題へも貢献できました。
要因は2つあります。
1つは、みんなが同じ方向を向いていけるように、進むべき方向を示す北極星のような指針を持ったこと。
2つ目は、持続できる仕組みを作ったことです。
私たちの北極星とはこの場合、ブランド・ビジョンとターゲットです。
地域ブランディングにおけるブランド・ビジョンやターゲットは、 抽象度のバランスが「多くの解決アイデアを生み出すことのできる指針になっているか」が重要なポイントで 、抽象度が高すぎると自分ごと化できないですし、具体的すぎると制約が生まれてしまいます。
その点今回のブランド・ビジョンはこの先何十年かは違和感なく使えるものになりました。
また、ターゲットは年齢、性別などの属性を外して価値観のみに絞ったことが自治体運営にフィットしました。
おそらく「30代の働くママ」などと限定していたら、高齢者福祉の施策などには生かすことができなかったと思います。
そして自治体の組織構造上、縦割り組織と人事異動は免れませんが、部門横断の連携を維持し、継続してブランディングに取り組める仕組みを整えたことが、効果を出した大きな要因となったと考えています。
今回のブランディングを通してお伝えしたいのは、「予算イコール仕事ではない」ということです。
予算ありきの考え方だと、その予算がカットされた時点で活動が止まってしまいます。
ほかの自治体では多額の予算を使って外部に丸投げしてブランド戦略を作っているところがあるという話も聞きますが、そういったところは続かないとも聞いています。
一過性のものではなく、北極星を指針とした解決アイデアを既存政策に組み込んでブランド浸透させていくこと。
そしてそうした発想を持ち続けていれば継続ができるということが、今回お伝えしたいポイントでした。
私たちが取り組んだ地域ブランディングは官民一体となって取り組むことができますし、予算がつかなくなっても持続する仕組みを構築することで、無理なく取り組める、まちづくりの一つの有効な手段ではないかと思います。
※掲載の記事は2024年9月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。
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