一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >鹿毛 康司氏 Vol.2
聞き手:一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本俊幸
【鹿毛 康司氏のプロフィール】
エステー株式会社
宣伝担当執行役特命宣伝部長・クリエイティブディレクター。
1959年福岡県生まれ。
早稲田大学商学部卒業後、雪印乳業(現・雪印メグミルク)に入社。
ドレクセル大学にてMBA取得(マーケティング、国際ビジネス)。
帰国後、同社の営業改革を担当。
2000年の雪印集団食中毒事件、2001年の牛肉偽装事件における被害者・マスコミ対応の前線に立つ。
その後、2003年にエステー入社。
宣伝担当として広告すべてのクリエイティブ・ディレクションを担当しヒットCMを生みだし続けてきた。
愛されるアイデアのつくり方
鹿毛康司 著
WAVE出版
鹿毛
出来上がったCMですが、放送するのは本当に恐ろしかったです。タレントが散歩していただけでバッシングを受ける自粛ムードの中、震災後にブランドCMを打ったのはエステーが初めてでしたから。
しかしその結果は、放映後3ヶ月で動画へのアクセスが1000万件越え。その年の日経新聞で、最も効果があったCMに選ばれました。しかし、目立とうとして作ったCMではないし、目立たなくていいと思っていました。多くの企業が震災に対するCM、被災者を応援するイメージCMを作る中、私たちは震災で変わった人の気持ちに向けて、あくまで消臭力というブランドCMを作りました。ブランドCMが「商品を買ってください」という、単なる売り込みのCMなのかというと、それは違います。「この商品をいつも買っていただいて、使っていただいてありがとうございます。私たちは、その売上で企業運営をしています」という感謝のメッセージでもあるわけですから。
聞き手
確かにそうですね。
鹿毛
ここでようやくフレームワークが登場します。こういう企業理念・メッセージを形にして広めるには、フレームワークの力が欠かせません。たとえばフレームワークを使ってきたから、このCMは瞬時に完成させられたのです。また、お客様の意識調査から、CMによってブランド・イメージをどう伝えていくかということは、フレームワークを使って考えています。
聞き手
目的が定まって、初めてフレームワークを使うということですね。
鹿毛
はい。「ミゲル」のCMがヒットした理由はCMの力やタイミングだけでなく、ウェブでの展開がありました。「ネットで遊んでもらおう」「社長の想いを伝えよう」「<日常に戻ろう>というコンセプトを訴えよう」というテーマがあり、それを実現するために、既存のマスコミに取材してもらえるよう働きかける、Twitterの有名人に取り上げてもらう、次のCMを公開する、という流れをフレームワークに乗せて実行しました。まさしくマーケティング手法を駆使していたのです。同業他社が600億円の広告費を使っている中で、エステーの広告費は30億円弱です。それでも日経新聞の企業イメージランキングで6位に入る事ができています。そのためには限られた資金を有効に使う必要があります。だから手法は徹底的に学ばなければならないということです。
鹿毛
たいていのブランディングの学校では、テレビCMはこうしましょう、新聞広告はこうしましょう、ホームページはこういうふうにして、イベントをして……と手法を教えようとします。そして専門家がやってきて、どんどん細部に入っていくわけです。そうすると、「ブランディングは手法だ」という勘違いをした生徒がどんどん増えていきます。先にも言いましたが、手法の前に「母親の愛情」が無ければいけないと思います。たとえばエステーの元社長の鈴木喬(たかし)は「ミゲル」のCMの企画を持っていったとき、「いままでたくさん製品を買ってくれた東北のお客様に恩返しをしよう」と言ったのです。企業として世の中にどんな貢献をし、何を伝えたいのかという想いが先にあって、それを伝えるために必要なツールを選び、組み立てていくのが本来のブランディングだと思います。
聞き手
手法によって大切な「気持ち」が薄れてしまっていくということですね。私たちも気を付けなければなりません。
鹿毛
最近の若い人は、フレームワークありきで考えているように思います。本人の<愛>や<志>、そして企業が持つ<お客様に対する想い>や<企業理念>があって初めて、ツールの使い道があるのです。結局、東日本大震災直後に動けたか、動けなかったかは、この志の有無によったと思います。
鹿毛
最近できた当社の新しいCMは、「底抜けに明るい」という評価をいただいていますが、企画書のコンセプトに「底抜けに明るいCMを作る」と書いてあったわけではありません。もしそう書いてあったとしたら、恐らく「あざとい」「どこか無理をした」CMになっていたでしょう。結局、長年一緒にやってきたミゲルやT.M.Revolutionの西川貴教さんを始めとするスタッフ全員が、底抜けに明るい気持ちで携わってくれたことから生まれた、手法によるものではない「クリエイティブジャンプ」だと思います。おかげさまで月9ドラマの「HERO」放映に合わせたCM公開時、「消臭力」というブランド名は1日当たり4000件もツイートされました。通常、このような商品のブランド名は1日当たり10件程度しか呟かれないものですから、かなりの好評価だったと思います。そしてこのCMの公開直後から、私はお客様と直接Twitterのやり取りをしています。これは手法ではありません。商品を愛してくださるお客様と本気で会話をする、その一方でフレームワークも使う。こういう「気持ち」と「フレームワーク」の両方をぐるぐる回していくのが、ブランド・マネージャーだと思います。
聞き手
とても心に響くメッセージを頂きましたね……。
鹿毛
結局、ブランド・マネージャーの生き方そのものが出るのかもしれません。中小企業の場合、経営者ですね。
聞き手
私自身、組織のリーダーをやっていますので、そこまで真剣に考えているのか、ということを突きつけられたように思います。「生きざま」をさらけ出す事が大切だということでしょうか。
鹿毛
そうかもしれません。ブランディングには「言語化してはいけないこと」がたくさんある。言語化されたものから学ぶことで、「手法」という小さな世界で終わってしまうこともある…。本質は心の中にあるのだと思います。
聞き手
ブランディングの真髄に触れるお話でしたね……本日は大変勉強になりました。ありがとうございました。
※掲載の記事は2016年11月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。