「具体性がない、理想論、机上の空論」逆風の中で
取り組んだ老舗画材メーカーをアート企業にする
ブランディングとは?

ぺんてる株式会社/REX BRAND株式会社田島 宏 相澤 詩香氏
Profileプロフィール
◆田島 宏
ぺんてる株式会社 執行役員 ブランドコミュニケーション部 部長
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 スタンダードトレーナー・インストラクター
1990年ぺんてる株式会社入社。
2017年創業以来初めての広報部門責任者に。
新タグライン、ブランドアーキテクチャ戦略など、ブランドマネージメントに邁進しつつ、PR経験を活かしたコミュニケーション力で、ブランド価値の共創を得意とする。
2022年度のブランディング事例コンテストにて「正解からはみだそう ぺんてるらしさを追求するブランディング」で優秀賞。
2024年度BRAND MANAGEMENT AWARDでは「アートを日常にする 老舗画材メーカーをアート企業にするブランディング」にて優秀賞を共同受賞。
◆相澤 詩香
REX BRAND株式会社 代表取締役 ラグジュアリーエキスパート
一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 ミドルトレーナー
Ferrari、Rolls-Royce、Aston Martin、クルーザー、イタリア家具ブランド Paola Lenti にてマーケティング及び、ブランド・マネージャーを歴任。
一流ブランドの実績を活かした、独自性を持つブランドづくりに定評がある。
経営理念は、「特別から、格別へ」。
クライアントの付加価値を最大限に導くことを目指す。
2024年度BRAND MANAGEMENT AWARDでは「アートを日常にする 老舗画材メーカーをアート企業にするブランディング」にて優秀賞を共同受賞。
クレヨンの手軽さで本格的なアート体験が楽しめる大人のための「アートクレヨン」。
画家の柴崎春通氏と共に作り上げたこのクレヨンは、新しい市場を生み出しました。
ブランディングを担当したぺんてる株式会社 執行役員 田島宏氏、REX BRAND株式会社 代表取締役 相澤詩香氏にプロジェクトについてお話を伺いました。
「大人のクレヨン」で想像と創造の力を取り戻す
本日は、2024年度「BRAND MANAGEMENT AWARD」で優秀賞を受賞した「アートを日常にする 老舗画材メーカーをアート企業にするブランディング」について、お話をお伺いできればと思います。
まずは今回のブランディングの背景について教えてください。
田島:話は2022年度のブランディング事例コンテストにさかのぼります。
私は当時、優秀賞をいただいものの、裏では葛藤を抱えておりました。
それは入社35年目、役職定年直前で「これからどのようにキャリアを積んでいけばいいのか」という悩みでした。
そこで、自宅で1人ワークショップを行い、会社のイノベーションと未来について考え、会社に提案したのですが、会社からの反応は「具体性が無い、理想論、机上の空論」と相手にされず、自信を失いかけましたが、どうしても諦めきれず、「ブランド・マネージャーとしてやるべきことを1つだけ選ぶとしたら、それは何か」を考え抜き、「ブランディングの力で自社をアートの企業にする」という覚悟に行きついたのです。
パブロ・ピカソは『すべての子どもたちはアーティスト。問題は大人になってもアーティストのままでいられるかだ』と、言葉を残しました。
街を観察すると、現実の大人は、うつむいて、スマホを覗き込む日々を過ごしています。
人目を気にして、描くことをやめてしまった大人が少なくありません。
AIの時代となって、情報の喧噪の中で暮らす私たち。
あらゆる人にとって描く機会を取り戻すことが、本来生まれてくる時にもっている想像と創造の力を取り戻すことになると考え、ブランドアイデンティティに「アートを日常に」と込めました。
他の先進国に比べ、日本のアート市場規模はまだまだ小さい。
これは気がついていない人が多く、市場機会だと考えました。
そして、自社の強みを活かす、入り口として選んだのが、画家・柴崎春通さんと、子どものお絵かき用のイメージが強いクレヨンを大人が描きたくなるようなクレヨンへと変える取り組みからはじめようと考えました。
こころ躍る描き心地の大人のアートマテリアル「アートクレヨン」
田島:きっかけは、2021年12月に、1本の動画「ぺんてるクレヨンをプロの画家が使い倒すとどうなるか!?」がYouTubeで話題となったことです。
話をお伺いするために、柴崎春通さんのアトリエを訪問。
そのとき、柴崎さんからかけられた言葉が「なぜ、ぺんてるは、子どものためだけクレヨンをつくるのか?」。
私は、その言葉が深く胸に突き刺さりました。
その後、ヒアリングを重ね、作ったプロトタイプは柴崎さんから高評価をいただきました。
社内を巻き込むのに説得を続け、約2年かかり、2023年11月にクラウドファンディングでスタートできました。
そうして、完成したのが大人のクレヨン「アートクレヨン」です。
子どもの頃に手にした、あのクレヨンのように 自在に線を描けるのはもちろん、鮮やかなまま色を何度も重ねられる。
ひとつの画材で混色と、重色が自在なところが、アートクレヨンだけの独自性です。
その独自性によって、クレヨンの手軽さで油絵のような作品が描ける、他の画材にはない体験価値を備えているのがアートクレヨンです。
大人のクレヨン市場をつくり、自社を世界に向けたアートブランドに
田島:クラウドファンディングでは、柴崎さん自らアートクレヨンで作品を描く動画を約20本投稿、100万回以上の視聴獲得という強力な援護射撃がありました。
また、アートクレヨン教室を毎月開催。
様々な施策の結果としてSNSにはユーザー投稿によるアートクレヨン作品が拡散していき、クラウドファンディングでは支援者の数2,600人、支援金額1,900万円、支援購入数4,000セットという文具系クラウドファンディングではNo.1の支援実績をたたき出しました。
さらに、2024年10月からの一般販売では発売初日に完売店が続出。
年間販売計画を1ヶ月で達成し、経営層は緊急に大増産を決定しました。
アートクレヨンで描くことを取り戻した人々の輪は今も拡大しつづけ新しい市場が成長しつづけています。
相澤:クラウドファンディング終了後に、田島さんより、「アートクレヨンを格別なブランドにしていきたい」とご相談を受けました。
- 実行にあたり、3点に絞りました。
- 1.アートと調和したシーンを実際に見せる
- 2.色彩は、美しさだけでなく、感情も表現する
- 3.アートクレヨンが、画材の枠を超えて異なる業界・業種・人種など、多様な要素と共存し、新しい体験を提供する
2024年9月の発売発表会では、いわゆる商品説明会・お披露目会ではなく、アートと調和した世界観を実際に見せることにフォーカスし、会場はイタリアファニチャーブランド「Paola Lenti」東京ショールームで開催。
メイン・プログラムは、アートを日常にしているゲストをお呼びしたトークショーを企画しました。
ゲストは、アートに造詣が深い山田五郎氏、artwine.tokyo 代表永目裕紀氏、田島さんに登壇いただき「絵を描くということは、芸術家だけのものではない」「忙殺されていた毎日の中で、創作活動を通じて、自分自身を取り戻した」など、アートを日常に取り入れたライフスタイルについて、トークショーが盛り上がりました。
artwine.tokyoと共同開発したワークショップ「ワインラベルアート」の作品も展示し、Paola Lentiの色彩豊かな世界観と、見事に調和、「アートと調和したシーンを実際に見せる」ことが実現いたしました。
クレヨンが単なる子供用の画材からアートになった瞬間でした。
田島:Paola Lenti 東京ショールームでのアートクレヨンの展示は、色彩溢れる素晴らしいものでした。
また、日本最大級のデザイン&アートフェスティバル「DESIGNART TOKYO 2024」Paola Lenti のVIP用ノベルティに。来場した建築家や、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナー等、デザイン・アートにかかわる200人が、アートクレヨンを手にしました。
Paola Lentiイタリア本社から、社長のアンナレンティ氏、グローバルGMのジアン氏も来日。
この出会いのおかげで、私は人生で初めてイタリアへ渡航。
ミラノにある、Paola Lenti本社ショールームを訪れることになりました。
アワード登壇、約1ヶ月前のこの経験は、実際に訪れないと感じ取ることができない、五感に響く貴重な体験になりました。
相澤:発売発表会トークショーに登壇いただいた、artwine.tokyoと、2024年10月14日から共同開発したアートワークショップを開始。
1つ目は「ブルーミング・フラワーアート」。
アートワインの講師が、アートクレヨンの特性をレクチャーしながら、参加者それぞれが「今、表現したいフラワーを描いていく」模写と異なり、自分自身を表現するワークショップです。
そして、2つ目はartwine.tokyoがかねてより叶えたかった「ワインラベルアートwithアートクレヨン」です。
テーマとなるワインをテイスティングし、感じた印象や心象風景をラベルにクレヨンで描いていき、そのワインから五感で感じるイメージを引き出し、草原 / 花 / 白 / 赤 / 泡 / 太陽 / 場所 / 雨の日の / 優しい etc…具体的な単語に変換していくワークショップです。
思い浮かんだ言葉から想起されるそれぞれのイメージをラベルに描きこむことで、五感を表現していくワークショップです。
田島:artwine.tokyoの永目代表は、コンサルタント時代、日常の忙しさに追われる中で、創作活動が心の癒しになったことがartwine.tokyo創業のきっかけでした。
現代社会では、目の前のことに追われるあまり、じっくりと自分と向き合う時間が取れないことが多いのではないかと気がついたそうです。
単に美しいものを鑑賞したり、ワインを味わったりするだけではなく、そこから得られる深いインスピレーションと学びが、参加者の感性や美意識を育んでいきます。
artwine.tokyoとパートナーシップを結び、日々の喧騒から離れ、自分の人生をより豊かにし、心の中で何かが変わる瞬間を迎えるために、今後も“アートを日常にする”という世界観を実現するために、共に活動していきます。
アートクレヨン×アートワインのワークショップ参加者は、既に約500人にのぼります。
相澤:
Paola Lentiミラノ本社とぺんてる社はパートナーシップを締結し、2025年5月10日イタリア/ミラノ本社で子供向けサイズに縮小したプロダクト「Kids Collection」オフィシャルイベントを開催。
コレクションのコンセプトである「子供時代の気ままで純粋な視点を体現する」ワークショップでアートクレヨンが手渡されました。
画材メーカーと、ラグジュアリーファニチャーブランド。
日本とイタリア。
まさに、1本のクレヨンが、色彩が、枠を超え国境を超え、多様な要素が共存し、新しい体験を生み出しました。
今後イタリアだけでなく、ウィーン、ロサンゼルス、サンパウロ、モントリオール、ヨハネスブルグ、ソウル、ドバイ、シドニー、東京など世界中の旗艦店でオフィシャルイベントが開催されます。
アートクレヨンが生み出すアート体験は世界へ羽ばたくことになるでしょう。
ph. © Elisa Merlo
ph. © Elisa Merlo
ph. © Elisa Merlo
ph. © Elisa Merlo
田島:
さまざまなアートブランドと共創し、ぺんてるのブランドイメージは大きく変身しつつあります。
また、社内にも大きなインパクトをもたらしました。
自社をアートの企業にしていくためには、アートを一部の芸術家だけのものというイメージを覆し、みんながアーティストと名乗れるような世界にしていく。
世界中のアートに共感する人たちに伴走し、共に成長し、世界各地でさまざまな人びと、さまざまなブランドと伴走し、ぺんてるをアートブランドへと昇華させていきます。
その上に「アートを日常に」を世界的な視点で実現していきます。
※掲載の記事は2025年5月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。
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