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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >野村恭子氏

“ブランディングのビジネス貢献”は定量的に証明できる

株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 Air事業ユニット 野村恭子氏

【プロフィール】

株式会社リクルートライフスタイル
ネットビジネス本部 Air事業ユニット
野村恭子氏

一橋大学卒業後、1996年株式会社リクルートに入社。人事部新卒採用グループで採用広報の制作業務などを経て、「ケイコとマナブ」を発行する事業部で編集者として企画立案、記事制作業務を経験。季刊誌の編集デスクを経て「ケイコとマナブ.net」のリニューアルプロジェクトに参画、2007年に編集長に就任する。その後、株式会社リクルートの分社化により、株式会社リクルートライフスタイルに在籍し、「ホットペッパービューティー」「じゃらんnet」などのアライアンスチームを統括。2014年から「Airレジ」事業に参画し、マーケティング、PR、ブランド周りの業務を担当する。現在はAir事業ユニットの横断・PRチームリーダーとして「Airレジ」を始めとするAirペイ、AirシフトなどのAirの全サービスのブランドとPRの責任者を務める。「Airレジ」のブランディングで「ブランディング事例コンテスト2019」準大賞を受賞。一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会トレーナー。


聞き手:一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 ディレクター 能藤





iPadにアプリをダウンロードすれば手元のiPadがレジとして使える、POSレジアプリ分野で、サービス開始から数年で利用店舗数No.1(※)にのぼりつめた「Airレジ」。リクルートライフスタイルは、Airの事業で「言語化、仕組み化、イメージ統一化」の3つを意識したブランディングを展開し、ブランド認知率を4年半で約6倍にするなど飛躍的に成長。さらに、「ブランディングのビジネス貢献」を定量的に測定するなど、ブランディングを継続するための試みにも取り組んでいます。同社の野村恭子さんに「Airレジ」のブランディングについてお話を伺いました。

※調査主体:(株)リクルートライフスタイル 調査実施機関:(株)インテージ(2019年4月時点)




「カンタンでスマート」をコンセプトにPOSレジを再開発

聞き手

そもそも「Airレジ」とはどのようなサービスなのでしょうか。


野村

「Airレジ」は、iPadにアプリをダウンロードすればそのままレジになる、という「POSレジアプリ」です。2013年11月にサービスを開始しました。最近では、カフェやパン屋さんなど業種を問わず、小規模な店舗でご利用いただいているケースが多いですね。ただ、今でこそ導入店舗は多くなっていますが、6年前のサービス開始時は認知度が低く、そもそもPOSレジアプリというカテゴリーの認知率自体、わずか3割程度でした。


聞き手

逆風の中でサービスを始めたわけですね。では、「Airレジ」のコンセプトは?


野村

それをお話するために、まず、レジの種類からご説明します。レジは大別すると3種類あり、1つめは、高機能のPOSレジ。機能は充実しているが、操作や設定は難しく、一台数十万円、高額なものだと数百万円するPOSレジシステムです。
2つめは、一般的なレジスターで、いわゆるガチャレジと呼ばれているもの。ネット接続されておらず、売り上げデータが蓄積されないレジです。これは数万円と安価で入手しやすいのですが、データが蓄積されないので、最も売れている商品は把握できても、たとえば「3番目の売れ筋商品」などはみなさん把握できていないわけです。
そこで登場したのが3つめのPOSレジアプリです。スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末にアプリをインストールすると、POSレジとして使えるようになります。AirレジはこのPOSレジアプリのひとつで、その中でも「カンタンでスマート」というコンセプトで開発しました。


聞き手

「Airレジ」の現状について教えてください。


野村

POSレジアプリの中で、現在「Airレジ」は利用店舗数No.1(※)です。地方から首都圏まで、さまざまな業種でご利用いただいています。


※調査主体:(株)リクルートライフスタイル 調査実施機関:(株)インテージ(2019年4月時点)

聞き手

なぜ「Airレジ」を導入するのでしょう?


野村

店舗運営には、様々な課題があるんです。労働人口の減少に伴い、店舗をとり巻く環境は非常に複雑になっており、人材面でもキャッシュレス対応などの面でも、お店の方、特にオーナーさんがやらなければいけない作業はたくさんあります。当社でも「Airレジ」だけでなく、業務支援ソリューションとしていろいろなAirのサービスを展開しています。


聞き手

ブランディングに当たって、Airレジを含む、Airのサービス全体のビジョン、ミッション、バリューも整備されたそうですね。


野村

はい。まず、ブランドビジョンは「商うを、自由に。」としました。「自由に」というのは、「freedom」という意味ではありません。お店の人が開業前にもともと思い描いていた「やりたいこと」「かなえたいこと」の実現のために、それを阻害しているあらゆるものを取り除き、心のままに自由に、思い描いたことができるように支援したい、という意味なんです。そしてミッションは、「お店をとり巻く煩わしさを減らし、自分らしいお店づくりができるようにする」ということ。ポイントは「自分らしいお店づくり」です。私たちはオーナーの方が「自分らしいお店をつくること」を応援したい。そのために、それを阻害するあらゆることを減らしたい。そのためのソリューションを提供できる「パートナー」となることが私たちのミッションです。


聞き手

お店をとり巻く煩わしさ、とは具体的にはどのようなことでしょうか。


野村

最もわかりやすいことは、たとえば、時間をかけたくないのに、かけざるを得ないようなことですね。どんな店舗でも、閉店すると「レジ締め」という作業があります。その日の売り上げを確定させて、レジのお金と照合する作業ですが、ガチャレジだと、3~4時間はかかるのがあたりまえだそうです。レジ締めのために終電を逃してしまうこともしばしば、と。とても大事な作業ですが、本当に大変ですよね。また、ガチャレジの場合は売り上げデータがわからないので、メニューを改善したくても、どの商品が最も利益が出るのか分析に手間がかかるという問題もありました。こうしたことがお店をとり巻く煩わしさと定義して、先ほどのミッションを掲げています。


聞き手

なるほど。では「バリュー」については?


野村

ブランドバリューは機能的価値と情緒的価値で、5つ設けています。機能的価値は「シンプル」「カンタン」「スマート」。情緒的価値は「誰にでも手が届く」、「信頼」です。実は、レジという会計の道具に情緒的価値を付加したことに、みなさん初めは非常に驚かれます(笑)でも、ともすれば、単なる「機械」「道具」であるレジをお店のパートナーまで昇華させるためには、情緒的価値は非常に大事だと思っていました。そんな想いを言葉にしたのが次の文章です。
「必要なことは、近道も教えてくれ、伴走もしてくれるパートナーがいつもそばにいるということ。だからこそ、シンプルで、カンタンで、スマートで、誰にでも手が届く、そんな、頼もしいパートナーになりたい」
レジを「人(パートナー)」に見立ててブランディングしています。


“ブランディングのビジネス貢献”を定量化

聞き手

「Airレジ」のブランディングは、どのような方針に基づいて行われているのでしょうか。


野村

「質が担保されている状態で量を上げる」を基本方針として、マーケティング活動を実施してきました。


聞き手

「質」とはこの場合、何を指しているのでしょうか。


野村

「思ってほしいブランド・イメージを感じてもらうこと」「ニーズ発生時に真っ先に思い出してもらうこと」「好きだな、魅力的だな、と感じてもらうこと」の3つです。質の重視は、ポジティブな口コミを生みます。たとえば、「●●といえば●●」を測る指標の“純粋第一想起率”は、マーケティング上で一番大事。消費者に「思ってほしいイメージの総量」が蓄積されることで、ニーズが発生したときに思い浮かべてもらい、それが売り上げや口コミにつながるわけです。「Airレジ」のブランディングでは「思ってほしいブランド・イメージ」をあらゆるタッチポイントで顧客(お店の人たち)に刷り込んでいくことを意識してきました。
その結果、「Airレジ」はPOSレジというカテゴリでの純粋第一想起率は、2018年から2019年の1年間で3.4倍と伸長し、トップになりました。ちなみにブランド認知率は、2015年から2019年の4年半で6.2倍になっています。


聞き手

明確に数値として現れたわけですね。


野村

そうですね。でも、ブランド認知率が高い、ということに満足しているだけでは、意味がありません。そこで、ブランド認知率が上がることやブランディングをすることがどうビジネス貢献するのか、それを誰にでもわかるよう、定量的に証明しようと検証を行いました。この検証の一番の目的は、「ブランディングのビジネス貢献を明確に示し、経営層から継続的な投資を獲得する」ということですね。


聞き手

投資を獲得するために証明が必要だった、と。


野村

はい。リクルートは数字とロジックに厳しく、投資をしてもらうためには説明責任が必須です。そこで、ブランド・マネージャー認定協会で理事を務められている水野与志朗先生にもアドバイスをいただき、「ブランディングのビジネス貢献を定量的に証明する」ワークを始めたんです。


聞き手

検証前にはどのような仮説を立てたのですか?


野村

「質を重視した一貫性のあるブランディングを継続すれば、顧客にとって良いブランド・イメージ総量が増加する、そうするとカテゴリ内での純粋第一想起率が伸長し、最終的に『Airレジ』のビジネスKPIであるアカウント数の増加につながる」という仮説を立てました。これが証明できれば、ブランディングがビジネスに貢献できるという証明にもなります。


聞き手

具体的にはどのようなことをされたのでしょうか。


野村

まず検証前に、データの定義や期間設定などをしっかりと決めました。データの検証期間については、純粋第一想起率とイメージ総量のデータがしっかり取れる時期を選定しました。次に、最終的なビジネスKPIであるアカウント数については、売り上げのデータや利用者数データを月次で見ると、ブレることが多いという問題があります。そこで、過去1年間の実力値を単月ごとに示す「MAT」(※)という形式に改めました。すると、しっかり実力値が積みあがっていることがわかりました。


※MAT:Moving Annual Total(移動年次統計、移動年計とも)の略。
ある月のデータにその過去11ヶ月分のデータを合算したもの。データから月々の変動の影響を除外できる。



上の図が生データ。下の図がMAT形式に処理したデータ。

聞き手

適切なデータ整備が重要なのですね。


野村

あとはイメージ総量です。簡単に言うと、一人の頭の中にある「Airレジ」のイメージの総量のことですね。これに関しては、毎月実施しているブランド認知調査で「『Airレジ』に当てはまるイメージは何ですか?」と聞いたものをスコア化しました。ブランドは非常に抽象度が高いので、数字に置き換えることで「Airレジ」のブランド・イメージがどれぐらいのスコアなのか、把握できるようになりました。


聞き手

スコア化してわかったことは?


野村

明らかにしたかったことの1つめは、「ブランディングの効果がしっかり蓄積されているのか」ということでした。結果から言えば、しっかり蓄積されており、ブランド・イメージは伸びていました。面白いデータがあります。設定期間以前のデータも調べたところ、社内事情で一時的にブランディングを中止していた時期は、顧客のイメージ総量は明確に下落していたんです。つまり、ブランディングは継続しないとだめ、ということですね。


聞き手

なるほど。他にはどんなことが明らかになったのでしょうか?


野村

2つめは、「ブランディングによるイメージ総量の蓄積は、純粋第一想起率の伸長につながるか?」ということでした。これも、完璧にグラフが相関しています。



野村

そして最後は、「これまでのブランディングが、ビジネス貢献しているのか?」ということ。これが今回、一番やりたかったことです。そこで、イメージ総量と純粋第一想起率とアカウント数を並べた図を見ると、見事に相関しているのがわかります。図を見たときの経営陣の驚きと感心は、今も忘れられないですね(笑)



“成功するブランディング”に必要なこととは?

聞き手

「Airレジ」のブランディングはなぜ、そのような成果を出すことができたのでしょう。
具体的には、どんなことをされたのですか?


野村

ブランドマネジメントの現場で心がけていることは「言語化、仕組み化、イメージ統一化」の3つです。まず、「言語化」について。当社では、「Airレジ」を含むAirのサービスのブランドブックを作っています。そこで、「なぜブランドが大切なのか」「なぜそのルールなのか」などを説明しています。これは現場制作者の声も反映して毎年改訂しています。
次に、「仕組み化」について。「Airレジ」は1年間で、342件のブランドレビューを行いました。ブランドレビューとは、そのブランドに関わる制作物全てに対して、公開する前にルールに照らしてチェックすることです。具体的な手法としては、イントラネットを活用しました。レビューを受けたい人からネット上でレビューのチケットをもらい、「なぜこのデザインにしたのですか? なぜこの文言にしたのですか?」というようなやり取りを何度も繰り返して、レビューを受ける人もブランド理解を深めていきながらレビューを行う、という仕組みです。



ブランドレビューを経て制作されたグッズの一部。
このようなノベルティ以外にも販促チラシやWebのバナーなど全てをブランドレビューしている。


聞き手

いつでも誰でもレビューを受けられる環境作りが大切なのですね。


野村

そうですね。そして「イメージ統一化」は、文字通りイメージを統一することです。ブランドバリューを体現したコピーやデザイン、感じてほしいイメージなどを統一してしっかり映像化しました。Airのサービス全体のブランド・ビジョン、ミッション、バリューを視覚的に伝えるために、利用者のリアルボイスだけで構成したブランド・ビジョンムービーを作りました。このムービーは、Airの事業に関わる人たちが集まる会では必ず流すようにしています。また、Airレジのプロモーションに、「レジは、Airレジ。」というシンプルなコピーを外注せずに自社で作りました。このコピーを使用した広告では、「お店づくりのパートナーになりたい」という想いがしっかり伝わるキャッチや写真を用いました。中吊り広告やデジタルサイネージ広告など、すべてのタッチポイントで同じトーン&マナーを踏襲しています。



聞き手

最後に、改めて「Airレジ」のブランディングを振り返って、大切なことを教えてください。


野村

ブランディングは日々の積み重ねなので、地道で労力がかかります。だから続けるためには、投資が必要。その投資を引き出すために、経営者には「ブランディングがビジネスに貢献する」ということを納得してもらわなければなりません。そのために、大事なのはしっかりと定量化すること。そして、ブランディングは一人ではできません。社内のみんながブランディングは大事だ、と思える努力を、実行する私たちが行っていくことが大事だと思います。