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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー > 本田 哲也氏

人とブランドが対等な今こそ“ナラティブ”が重要になる

株式会社本田事務所本田 哲也

Profileプロフィール

株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト

セガの海外事業部を経て、1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年、スピンオフの形でブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の企業との実績多数。2019年より、株式会社本田事務所の活動を開始。著書に『新版 戦略PR 空気をつくる。世論で売る。』(アスキー新書)、『最新 戦略PR 入門編、実践編』(KADOKAWA)など。PRWEEK誌によって「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」として選出されたほか、世界的なアワード『PRWeek Awards 2015』で「PR Professional of the Year」を受賞。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。2021年5月14日に新著『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)を出版した。

現在、ビジネスの世界で「ナラティブ」というキーワードが注目を集めています。「物語的な共創構造」を意味する言葉で、近年は消費者や株主、従業員など全ステークホルダーを巻き込んだ共創構造の中でマーケティングを行う「ナラティブカンパニー」が登場しており、今後ますますニーズが高まると予想されています。このたび新著『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』を上梓した株式会社本田事務所の代表取締役・本田哲也氏に、「ナラティブ」が注目されている理由や代表的な導入事例などについてお話を伺いました。

「物語的な共創構造」を意味する“ナラティブ”

ナラティブとは
Q. まず、本田事務所を設立されるまでの経緯を教えてください。
はじめに新卒で入社したのは、PRとはまったく関係のないセガの海外事業部でした。そこで約4年半勤め、1999年にアメリカのPRグループのフライシュマン・ヒラードの日本法人に転職したんです。2006年にグループ内で起業し、従来のPRとは違うアプローチをしようという目的でブルーカレント・ジャパンを立ち上げました。その後、2009年に刊行した『戦略PR』(アスキー新書)という本を出したのですが、「戦略PR」というアプローチが広告やマーケティングの世界で広まり、仕事量が圧倒的に増えました。
Q. 「戦略PR」は、普通の「PR」とは何が違うのでしょうか。
そもそも世界的には、PRとは戦略的なものです。だから世界的に見れば日本のPRのほうがおかしかったのです。日本はもともと広告の力が強く、PRといえばおまけのパブリシティのような扱いで、世界標準からはだいぶ離れているんです。だから『戦略PR』で記した内容は、本場から見ればそれほど驚くものでもないんですが、日本の人々にとっては目から鱗だったんですね。そうしたことなどを経て、PRの世界に飛び込んでから20年の節目である2019年に、自分自身が専門家としてもっと集中的に戦略立案に携わりたいという思いもあり、独立して本田事務所を設立したんです。
Q. 先日、本田さんは新著『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』を上梓されました。ビジネスにおける「ナラティブ」とは、どのようなことを指す言葉なのでしょうか。
「ナラティブ」は、ノーベル賞を取ったロバート・シラー教授が「ナラティブ エコノミクス」という考えを発表するなど、ここ数年世界でも注目されているキーワードです。辞書だと「朗読による物語文学。叙述すること」とされています。定義すると、「企業・ブランドが、消費者、ユーザー、従業員、取引先、株主などあらゆるステークホルダーと共創する『複数の集団共有ストーリー(Collective Stories)』」であり、「人を動かし、話題を作り、あらゆる企業活動に貢献する、立体的かつ継続性を持った物語的な共創構造」と言えると思います。
Q. 同じ意味の「ストーリー」とは違うのでしょうか。
「ストーリー」よりも上位概念でしょうね。大きな違いは「演者」「時間」「舞台」で、もっとも重要なのは「演者」、つまり物語の主役です。たとえば、ブランドストーリーやコーポレートストーリーは、あくまで企業が主役。ブランド側が主役の「物語」で、そこでは生活者はオーディエンスに過ぎません。一方「ナラティブ」は、企業以外も主役になるお話です。生活者は客席にいるのではなく、自分も舞台に上がっている。次に、「ストーリー」は必ず終わりがありますが、「ナラティブ」という概念には終わりはありません。終わらないのがナラティブです。そして最後は「舞台」の違いで、企業やブランドは業界の中での物語ですが、ナラティブは社会の中で紡がれていく物語なんです。
Q. なぜ今、「ナラティブ」が注目されているのでしょうか。
ひとつには、SNSの普及などもあって、「企業やブランドが上、消費者が下」という図式がもはや古いものなのです。SNSによって消費者目線でリアルタイムにやり取りできるようになったので、ブランドのあり方も上から目線ではだめで“対等”という感覚。ブランドがいい話を聞かせてやる、ということではなく、消費者と一緒にやる、という流れになっています。消費者にとっては自分が主役だから、楽しいし記憶に残る。これが大きなポイントだと思います。そうした流れはコロナ禍によって、さらに加速しました。パンデミックで分断が進み、ブランドだろうと人だろうと「価値観が同じかどうか」がすごく重要な時代になっているんです。「ナラティブ」は同じ価値観を持って物語の中に引き込まれる、という概念。社会環境的に人もブランドも対等になり、どんどん「共創の世界」が広がる中でナラティブが重要になってきた……ということだと思います。
Q. 著書では「ナラティブカンパニー」という言葉が出てきます。これはどういう企業を指すのでしょうか。
「ナラティブカンパニー」は今回初めて提示した言葉です。まず先ほど説明したように、書籍では「ナラティブ」を「物語的な共創構造」と定義しています。つまり物語性があり、共創構造なので一方的ではなく、企業の掲げる価値観や活動に消費者やステークホルダーが対等に入れる、それがナラティブです、と。「ナラティブカンパニー」というのは、それを実践している企業のことで、そのような「物語的な共創構造」の中でマーケティングをしたり、PRや広告をしたりする企業をそう呼んでいます。
Q. 「ナラティブカンパニー」の代表例はありますか?
たとえば、アウトドアグッズのメーカーである「パタゴニア」。社会性が高い企業と言われていますが、ちゃんと読み解くとすごくナラティブです。「私たちの故郷である地球を守る」というパーパス、つまり企業やブランドの存在意義を掲げています。少し過激な例で言うと、2年ほど前にトランプ大統領が「国立公園を縮小する」と言った際、パタゴニアは企業として怒りを表明し、実際にトランプ氏を訴えようとしました。つまり「ものを売りたい」ということではなく、「地球を守る」というナラティブがそこにあるからこそ、そういう行動を起こすのですね。そして、その行動にパタゴニアのユーザーはもちろん競合メーカーも共感するわけです。「地球を守る」という物語にみんな巻き込まれている。パタゴニアは企業価値が高いですが、その理由のひとつにはナラティブカンパニーであるということも寄与していると思います。

ナラティブを実践する5つのステップ

Q. 「ナラティブカンパニー」になるためには、どのようなステップを踏む必要があるのでしょうか。
5つのステップがあります。

まずファーストステップは、「パーパスの設定」、つまりナラティブの「起点」を定めることです。パーパスなきところにナラティブあらず、で、「ナラティブ」は強い思いが着火点となっているのが大前提です。いきなり、「何か物語を作りたい」と言っても、パーパスがないのにナラティブができる、ということはまずあり得ません。パーパスと呼んでいるかどうかはともかく、「なぜこのブランドや事業を作っているのか」ということから始めるのが重要です。

そして、ステップ2は「パーセプションの形成」。つまりナラティブの「目的意識」を明確にすることです。認知度を上げれば売り上げも世間の評価もついてくる、という時代はもう終わっているので、認知拡大ではなく「パーセプションチェンジ」、つまり「どのように認識を作るか、認識を変えるか」をコミュニケーションの目標に置くわけですね。

ステップ3で、いよいよナラティブを「描く」ところに入ります。具体的には、「ナラティブスクリプト」という考え方があります。PRや広告などを展開する前に、「そもそもどういうナラティブにしたいのか」を可視化するため、脚本のようなものを書くことです。ボリュームはだいたい1000~1500文字程度で、そこにどういう物語にすべきか、ということを書きます。

その「ナラティブスクリプト」を作ってから、どのようなPR、広告にするかという各論に入っていくわけです。それがステップ4にあたる、ナラティブを「共創する」ことです。「マルチエンゲージの展開」と言っているんですが、重要なのは、企業が上から目線で展開するのはだめだということですね。

そして、その効果測定はステップ5で行います。それがナラティブを「はかる」ということ。しっかりと伝わっているかの検証ですね。
ナラティブ実践の5ステップ
Q. 著書では具体的な「ナラティブスクリプト」の例を取り上げていますね。
はい、たとえばロッテのケースですね。ロッテはESG目標を掲げている企業で、「歯と口の健康のためにキシリトールを普及させなければならない」という考えを持っています。ただ、パーセプション的に見れば、ガムやチョコのメーカーというパーセプションしかないので、新しいパーセプションとして、人生100年時代にちゃんと貢献するESGの会社、という認知を拡大させていかないといけないわけです。
Q. どのような「ナラティブ」を展開したのでしょうか。
キシリトールは、もともとフィンランドで研究が始まったガムで、さらにSDGs的な観点で言えば、フィンランドは社会と密接に連携して虫歯予防などをしています。だから「キシリトールを売ろう」というよりも「日本をフィンランド化する」と発信するほうが共創構造になるわけです。実際、ロッテでは昨年、「その歯と100年。キシリトールプロジェクト」というものを発表しています。第1弾として、福島県会津若松の幼稚園・保育園にキシリトール入りタブレットの提供を開始しました。子供がお弁当のあとにちゃんとキシリトールを食べられるようにしよう、と。これが実際に作ったナラティブスクリプトです。
ナラティブスクリプト
概要としては「ロッテはキシリトールを20年販売しているが、もっと普及率をあげないといけない。フィンランドを見習うべきだ。全国の自治体と一緒に幼稚園・保育園に普及させていく。2023年までに10自治体と連携する」ということですね。これはロッテの事例ですが、スクリプトにはあらゆるブランドの状況にあてはめることができる構造があり、それを事例ごとにオーダーメードで作る、というわけです。
Q. ほかにもすぐれた事例があればご紹介ください。
わかりやすいところでは、パンテーンの事例。2年ぐらい前、「♯この髪どうしてダメですか」というキャンペーンが話題になりました。あのアプローチは非常にナラティブだと思います。なぜなら、ブランドが上から目線で、マス広告ではないアプローチだったから。校則に疑問を投げかけているわけですが、ここでの主役はパンテーンではなく、女子高生だったり、「多様性の時代だから髪の毛なんて個性的でいいじゃないか」と思っている生活者の方だったりで、必要以上にブランドは入っていきません。その姿勢はブランドストーリーではなくナラティブアプローチで、非常にナラティブなキャンペーンだったと思います。実際、キャンペーンはすごく共感を呼び、ブランド好感度は上がったようです。それは広告投下によるものではなく、「彼女たちのストーリー」というところから入って醸成したわけです。
Q. ナラティブアプローチがほかのアプローチより効果的になる時代が来そうですね。
間違いなく来るでしょう。なぜDtoCブランドが成功しているのか、その理由のひとつが「ナラティブだから」だと思います。つまり「あなた方ひとりひとりの物語の中に、私たちブランドが存在しています」ということですよね。そういう時代になっていくと思います。

今は“人気ナラティブ”に人が集まる

Q. 著書では「ナラティブ」が企業価値に直結すると書かれています。その理由について教えてください。
ひとつには、“売り上げ優先”の時代ではなくなってきていることが大きいですね。今は株主も社会的価値を重視しています。「売り上げをあげているから文句ないでしょう」というやり方は、通用しなくなる。「ステークホルダー資本主義」などとも言われていますが、それぞれの立場の方々から評価されないといけません。昔は、たとえば株主対策、従業員対策……というように、それぞれの立場の方に対して違う発信をする、というやり方が通用しましたが、今は無理。となると、お客、株主、従業員……全ステークホルダーを引き込まないといけないわけです。問題はその方法ですが、その答えが「ナラティブ」だと思います。市場の中の物語ではなく、従業員もお客も取引先も「いいね」と思えるナラティブを作る必要があるわけです。
今、盛んに言われているDXやSDGsなども関係があると思っています。SDGsも企業の社会的責任の話ですし、DXはあまり関係ないように見えるかもしれませんが、業務を変革するという意味で考えると、変革は巻き込まないと起こらないもので、従業員も含めて共創構造的に変革しないといけないですよね。つまり、そこに魅力的なナラティブがあるからこそ、変革は進んでいくわけです。
Q. さまざまな局面でナラティブが関係するということでしょうか。
はい。さらに人材面でもナラティブが大きい意味を持ちます。たとえば昔は「マザーズ上場」など、ビジネスサクセスが人を惹きつけた時代でした。でも、今の若い世代は企業の商業的なサクセスには惹かれません。では何に惹かれるかというと、ナラティブです。今DtoCブランドが人気があるのも同じ理由ですね。私が人材採用PRに関してアドバイスを求められたときも、わが社はすごいんだと企業ストーリーを語るのではなく、ナラティブを作ってください、と提案しています。昔は「人気企業」に人が集まったけれど、今は「人気ナラティブ」に人が集まるので。
Q. ナラティブへのニーズが高まっていると言えそうですね。
そうですね。実際、今までお話ししてきたことは、私がここ2年ぐらいの間に本田事務所として数多くのクライアントさんと集中してやってきたことなんです。特にナラティブスクリプトは、2年間に数えきれないほど書きました。先日出版した新著『ナラティブカンパニー』は、そうしたこれまでの経験を体系的にまとめたもので、再現性が出てきたこと、そしてやはりすごくニーズを感じていることが出版した大きな理由。特に経営者の方に読んでいただきたいですね。
『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』

『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』
(東洋経済新報社)
本田哲也氏 ナラティブカンパニー: 企業を変革する「物語」の力 | 本田 哲也 |本 | 通販 | Amazon

※掲載の記事は2021年6月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。

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