一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >薄羽美江氏(後編)
【プロフィール】
株式会社エムシープランニング 代表取締役/一般社団法人日本エシカル推進協議会 理事
薄羽 美江氏
企業情報に関わる番組レポーター・パーソナリティ・文化フォーラム司会進行などに従事し、MC・アナウンサー集団を起業。日本経済新聞社フォーラムや数社の企業番組のレギュラー司会・インタビュアーを務め、つくば科学万博(国際科学技術博覧会)におけるスタッフ育成を機に、企業の顧客接点におけるコミュニケーションデザインやブランディングに関わるプログラム開発・教育に努める。人財開発や組織開発の設計・開発、トレーニング実施を30年にわたって手掛け、独自のメソッド「ビジョナリーコンサルティング」では10年間に1万人以上を対象にしたダイナミックラーニングを実施。近年は静岡県伊豆高原にVisionary Institute を設立。産学官など立場の異なる組織が、組織の壁を越えてお互いの強みを出し合い社会的課題の解決を目指すアプローチ(コレクティブインパクト)のもと、環境・社会・経済の3軸から統合的にSDGs推進を行なっている。
金沢工業大学(KIT)大学院 修士(MBA/経営管理)
主な著書・編著
「賢者の本 日本の未来を拓く・想像力と創造力」:3.11の大震災を機に、失望を希望に変えてより良い未来を創るために編著者がプロデュースした講演会の記録。経営学者の野中郁次郎氏、資生堂名誉会長の福原義春氏ら14人の第一級の識者の講演を収録。
「「販売の現場力」強化プロジェクト 収益を倍増するブランド教育のすすめ」:BMWやディオール、ソニーなどでのブランド・コミュニケーション教育の実績をもとに、人財開発の要諦をわかりやすく解説。
対談者:ブランド・マネージャー認定協会 ミドルトレーナー 横山千恵子
企業や大学で産学連携やライセンス、知的財産の管理と活用などに携わる。
日本商標協会会員、日本ライセンス協会会員、知的財産管理技能士。
金沢工業大学(KIT)大学院 修士(MIPM/知的財産マネジメント)
聞き手:一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 ディレクター 能藤
聞き手
SDGsについて、もう少しお話を聞かせてください。先ほど、販売現場の業績とSDGsの理解度は相関関係にあるというお話がありました。つまり、SDGsの浸透度を測ることは、同時に従業員の業務能力の熟達度を測ることにもつながる――ということでしょうか?
薄羽
SDGsへの理解を深めることは、私たちの「持続可能性」という概念を考える良いきっかけとなります。それは、企業における「これは持続可能ですか?」という経営そのもののサステナビリティに直結する組織変革の示唆に満ちているといっても良いでしょう。そもそも、超少子高齢化を迎え、一方で医療の高度化が進み「人生100年時代」が待ち受けていると予見されるようになった現代の日本社会が、過去の高度成長期のように右肩上がりで成長し続けることはあるのでしょうか?社会システムへの意識変革なしに、それを実現しようとすれば、必ずどこかで「ムリ」と「ムダ」と「ムラ」が生じます。私自身も、企業の現場でそのことを痛感しましたので、SDGsの理念「我々の世界を変革する」というチェンジメーカーによる力強いメッセージに共感するようになったのです。
横山
実際、経団連が企業行動にSDGsの思想を組み込むように変わってきています。つまり、企業も今後はSDGsの思想を絡めなければ活動していきにくくなっている、ということがいえると思います。
聞き手
単純に右肩上がりの数字目標を立てるのではなく、SDGsの浸透度合いやスキルの熟達度合いを目標にするのなら、合理的な目標が立てられそうですね。
薄羽
はい。経団連からSDGs達成に向けて「Society 5.0」という次世代社会創造のビジョンとプランが提唱されています。概して、Society 1.0は狩猟社会、2.0は農耕社会、3.0は工業社会、4.0は情報社会、それに続くSociety5.0は創造社会と定義づけられています。それは人間を中心とした社会とされ、これまでの社会課題解決を創造的に日本の科学技術を駆使して実現しようとするものです。
聞き手
経済合理性からというよりも、人類の存続と発展のために必然的にSDGsの達成が求められているということですね。
薄羽
緩やかなイメージとラジカルなファクトをお伝えしたいと思います。実は今、あるプロジェクトのため、東京の弊社拠点と伊豆高原の国立公園内にある弊社研究所とを行き来する二重生活をしているのですが、実に豊かで健やかなんです。そうしたことが可能になったのもインターネットの恩恵ですね。ITにより、情報格差がなくなったことで、地方にいても東京と同じか、それ以上のことができる。この新たな価値共有がもっと伝播し、ますます創造的になったなら、地方創生は、すごい勢いで成功すると確信しています。それぞれのローカルの土地ならではの個性、地勢や文化による「自然資本」をマイニングし、その地方ならではの価値創造=ブランディングを施すこと。そのブランディングを、世界の共通言語SDGsというグローバル指標からアプローチし、その開発指標を丁寧に評価し、その土地の財産管理をしていくことが、持続可能な次世代への資本承継につながっていきます。
一方、地球全体では、今、緊急警報が鳴り響いています。昨年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)において、早ければ2030年に1.5度の気温上昇が起きるとする特別報告書が発表されました。BBCが気候変動を「気候崩壊」と表現するほどの、極めて危機的な状況です。2030年までに世界全体のCO2排出量を約45%削減し、2050年頃にはCO2排出をゼロにしなければ、海面上昇による地球上の生物への多大な損失を免れないとされています。
CO2排出は地球上の先進国から途上国まであらゆるシステムが繋がりあっていることへの着目と全体性へのホールアプローチがなければ、本質的解決に至らないのです。近未来からのバックキャストによって、人類存続のための危機的状況からもSDGsへの取り組みは必然的に求められています。
聞き手
持続可能性という意味では、知財についても同じことがいえるのではないでしょうか?
横山
そうですね。2018年10月にWIPO(世界知的所有権機関)により知的財産権が持続可能な開発目標(SDGs)に貢献できる分野を整理したレポート「WIPO and the Sustainable Development Goals(※)」が発表されています。
その中で、知的財産制度がSDGsに果たす役割を解説しており、WIPOがSDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくる」を中心として挙げ、持続可能な産業化の促進とイノベーションの推進を図ることを表明していますね。
イノベーションが与える影響を身近な例で考えてみると、ドローンの技術開発がこれにあたるのではないでしょうか。
ドローンの産業上の利用が普及してくれば、今後人口減少が避けられない日本では、人手に頼っていた荷物輸送にドローンを利用して、遠隔地でも荷物を運ぶことができるようになる、というようなことですね。
また、リサイクル技術の発達によりリサイクル社会が実現すれば、資源関係なども今よりも良くなりますよね。
他にも、農業技術が向上することで貧困や飢餓を克服したり、技術開発によって公衆衛生を改善したり、気候変動と闘う方法や自然界を保護する方法を創出することもできると思います。
イノベーションの推進によって多くの人々の生活を向上させ、今までできなかったことができるようになっていくわけです。
そういった取り組みによって持続可能性を高めることに、知的財産権は貢献できると考えられていると思います。
※https://www.wipo.int/publications/en/details.jsp?id=4354
聞き手
SDGsは持続可能な開発目標で、永続することを目指していますよね。ブランド化で目指すところも永続的な経営です。そのために知財を使っていくという考え方は、SDGsと親和性が高いといえますね。
横山
そうですね。知的財産権のひとつである、ネーミングやロゴといった商標権は、更新し続けることで永続的な権利となるんです。一方で“ブランド”は顧客に信頼や愛着を持ってもらえるような長期的活動を行う中で初めて“ブランド”になるわけですよね。
長期的な活動によって培われたブランドを永続的な権利である商標によって守り、事業を成長させていくことは持続可能性という観点でSDGsの目指す目標に一致するということがいえると思います。
そもそも商標はブランドを表す看板で、箱のような存在です。“商標”という入れ物に“ブランド”を形作る信用やイメージなどが蓄積されることによって、ブランドが形を得て顧客にわかりやすく受け入れられるようになるんです。
ですから、商標をうまく活用することはブランディングを成功させる大きな鍵になります。
反対に、もし商標をうまく使わなければ、永続的な経営につなげることは難しくなってくるでしょうし、商標権の“財産”の価値も半減してしまいます。
知的財産権は使い方によってその価値は大きくもなり、小さくもなります。
そこで、知的財産としての価値を「大きく」使うためには、会社などの組織全体の連携した取り組みが必要です。
たとえば、経営企画・マーケティング部門や営業・開発といった直接部門と、知的財産部のような間接部門が密な連携をとることができれば、商品化する際にどのような法的リスクを回避しつつ、いかに商品やサービスを顧客に提供していくか方策を検討することができるでしょう?
実務上、部門間でなかなかうまく連携できないケースもあり、簡単なことではないかもしれませんが、本来こういった取り組みをすることが望ましいと思っています。
これからSDGsが、各部門間やサプライチェーン・バリューチェーンにおけるステイクホルダーの間での共通言語として理解が進んでいくと、相互のエモーショナルコンフリクトを防ぐことができ、より効果的な連携が実現できるのではないかと期待しています。
それから、特許の利用のされ方にも変化が出てくると思うんですね。
特許権は独占排他的な権利ですから、権利となった技術の囲い込みができることがなんといってもメリットです。
しかし、「囲い込む」ということは、その技術を市場に普及させるという観点からすると相反してしまう場合があるんです。
そこで、いろいろな特許の内、「これなら他の企業と共有していい」「これは自社だけ」というすみ分けをして業界自体の底上げを図り、市場を拡げようとする方策をとることがあります。
これをいわゆる、オープンクローズ戦略といっていますが、現在は「オープンにしましょう」という動きが注目されています。
共有することでその分野の裾野を広げていこうという動きは、技術の発展を促し、市場拡大によって経済的に世の中を豊かにすることにつながりますから、持続可能性を追究する取り組みといえるかもしれませんね。
薄羽
SDGsの17の項目の中でいえば、17個目の「パートナーシップ」ですね。時代は「競争」時代から「共創」時代へと、明らかに大きくシフトしています。「皆で」つながりあって個々の「パートナーシップでより良い社会を作りましょう」ということが目標の中に入っています。ところで、私が横山さんに伺いたかったのは、インスタグラムなどによる情報の共有と知的財産権についてです。たとえば、ソニービルが再構築のため閉館・解体される直前に行われた館内の企画展でのことです。戦後開発されたソニーの商品やコマーシャル映像がふんだんに展示・上映されていたのですが、それらを来館者が映像で撮っても写真で撮ってもオーケーだったんです。以前であれば、ソニーショールーム内での写真撮影など絶対にNGで、厳重にブランド管理されていましたから、ありえないことです。世界中に情報が広がるインスタ映えというカルチャーが生まれ、オープンイノベーションという開発手法も重要視されるようになり、情報のクローズとオープンという考え方も変わってきたように感じているのですが。
横山
知財的に、写真を撮られることでどのような不都合があるかというと、まずデザインが盗まれることなどが挙げられますね。ただ、企業からすれば、インスタグラムで広く開放されるほうが、経営的にみれば得策という判断なのだと思います。窮屈に縛るよりも拡散してもらったほうがメリットが大きいということでしょう。時代が変わったなと実感させられますね。
聞き手
お二人の今後の展望について教えてください。
薄羽
オープンイノベーションに象徴されるように、「コレクティブインパクト」がひとつのキーワードになると思います。これからは、情報共有と共感と伝播が重要課題。ともに共通のアジェンダを持ち、共通の測定手法で補強しあいながら、コラボレーションできる人や環境、知恵を集約して過去からの課題の解決に向かうことのできるプラットフォームを持った組織やチームで良い仕事を作り出してゆきたいと考えています。その背景になることをKIT時代に学んだと思っています。ぜひ次世代に役立つ新事業を創造していきたいですね。
聞き手
遠大な構想ですね。
薄羽
遠大……ともいえるかもしれませんが、実はとてもミニマル、きわめて身近な小さなタッチポイントからであったりもします。特に、若い方で自然環境の良いところに居場所を求めたいというような、まさに弊社が研究中のデュアルライフ、二拠点生活動向も増えつつあるように見受けています。
聞き手
SDGsの理解が深い人たち、ともいえそうですが、動機はもっと身近なところにありそうですね。
薄羽
自分らしさと、自然とともにあるライフスタイルを選択している人たちですね。そこで次世代に向けた自然派生活の研究の一環として、研究所庭内に畑を作りました。エコサイクルで自然の森からの落葉や、野菜の残渣などで堆肥を作り、無農薬・化学肥料不使用の自然農法を研究しているのです。作物が実に良く美味しく育ちます。土と種と水が大事なんです。土壌の化学汚染は、SDGsのターゲットでも重要視されている点でもあります。
このような取り組みは、極めて地道で手間のかかることです。でも、実際に土に触れていると、大地に芽生える生物の目線から見つめないとわからなかったことが、だんだんに見えてくるんです。経済的に考えれば、畑からの自給自足が回り始めると、極めてコストパフォーマンスが良くなります。畑からとれたて野菜を食卓へ。自分で作った安心安全の食材をファーム・トゥ・テーブルで味わうという、これは何物にも替えがたい最高の贅沢ですね。都市の真ん中に住んでいては、まずできなかったことです。
伊豆というだけあって、今春は豆類が実に豊富に実りまして、ご近所様に差し上げましたら、違うお野菜やお菓子のお返しをたっぷり頂戴したり、それと同時に、ご近所の情報も入手できるのですね。わらしべ長者の物語を思い出しました(笑)お金がなくてもできる、地産地消のミニマルスタイルの実現です。
この発展的コミュニティにサーキュラーエコノミー(地域循環経済)が巡るように市民の関心が高まっていく、その一歩一歩が重要なのだと実感しています。
聞き手
なるほど、「遠大な構想だ」という私の認識は早合点だったようです。正確にいうならば、「遠大であると同時にミニマルでもある」ということになりますね。
薄羽
はい。東京と伊豆とを行き来しているうちに、ミニマルであることの価値と創造性に気づいたんです。地方創生は、エリアブランディングがなされれば、それを支持して選択し、そこに住む人のパーソナルブランディングにもつながります。私は伊豆高原という自然環境だからこそ可能となるライフスタイルを発見して、ミニマルに生きること、まさに、ミニマルによって満たされる、その環境でいきいきと生きること、活性化されることが「生活」なんだとようやく気がつきました。
聞き手
なぜそう思われたのでしょう?
薄羽
「自然環境」の力ですね。自然の営みを、水や土や空気、山から、海から、森から見ていたら、都市という人工物に囲まれているだけでは、根本的に「生命力」を喪失してしまうのだと気づきました。
人間の叡智が注がれる人工物の便利さや優秀さを享受するとともに、太陽が東から昇り、西に沈み、月が満ち欠けして、天空に星が輝き、満潮と干潮が繰り返されている地球のダイナミズムが、実は、私たちの日常のミニマルな手元にそのままつながっているんだということを忘れてはならないのではないでしょうか。自然の力を見失ったなら、必ず未来に損失があります。気候変動もその証です。
私は、何十年も都市の中心で仕事ばかりに追われてきた人生でした。その「非自然な環境」の中にあって、どこかで生命力をリークしていたのではないかと、当時を振り返っています。お金の使い方だって、これまでの消費の正しさには確信が持てません。伊豆に来て、ああ、なんて愚かだったんだろうと猛省するようになりました。自然資本のあり方を考えるようになれば、むやみな消費ができなくなリます。より環境保全に資する持続可能なライフスタイルを選択するようになります。
ただ、都市資本と自然資本との間を往来しているからこそ、そして、SDGsの17ゴールの指標を通じてこそ、それぞれの価値や不足に気づくことができます。やはり、地方創生に関して、一極集中化している都市と地方エリアとを往来する関係人口を増やしていく、多地点ライフの可能性を探っていきたいですね。
聞き手
なるほど……。では、横山さんにも今後の活動をお伺いします。かねてから、知財の価値を最大化したいと仰っていますが、今ではSDGsという領域にまで範囲を広げられています。これからはどのような活動を考えているのでしょう。
横山
日本はそもそも資源が少なく貧しい国だったのだと思います。でも、現代の繁栄を築くことができたのは、これまでの先人の知恵や努力によってです。
今や、世界規模で自然が破壊され、資源の枯渇が深刻となり、社会的、経済的な問題が山積する現代においてSDGsが叫ばれるようになり、人類の叡智を結集してサスティナブルな社会を築かねばならない世界になりつつあります。
“価値”とは時代によって変わるものと思いますが、何よりも多くの富を得ることに比重が高かった時代と、何よりもサスティナブルな社会を必要とする時代とでは、同じように知恵や努力が必要でも、それを体現するブランドなどを含む知的財産は時代によって求められる内容も、追求する価値も変化していくと思います。
ですので、知的財産のトレンドと社会の関わりについてSDGsの視点からも捉えて、それをサスティナブルな経済・社会エコシステム実現へとつなげていくことが、知的財産の価値を最大化するひとつのゴールだと考えています。
そして、知的財産権や人の頭の中にある知恵や知識……こうしたすべての財産を活用して、SDGsが目指すような社会や物心ともに本当の意味での豊かな社会を作ることに力を尽くし、世の中を良くしていければと思っています。
薄羽
横山さんが、今回、このような対話の機会を結んでくださったのですが、ほんとうにありがたく感謝申し上げます。まさに、「こうありたい」と思われることを実践に移していらっしゃるのですね。
ブランディングには、その固有の道筋や方法としての「Way-道」が重要となると考えています。茶道や華道や武道に例えるならば、SDGsの本質は、その「世界の共通言語」としてのグローバル規模のゴールやターゲットという「Way」を通じて、足元のローカルを見つめて、自分ごと化していくことにあります。「SDGs道」ともいえる、自分ごと化。それは、まさにセルフブランディングの道筋をつかむヒントに溢れています。
今、地球上、世界のどこで何が巻き起こっているのかを知り、何に気づき、何を自分自身が選択していくのか。そのような感じる力や考える力、行動する力を開拓していくことは、その人自身の生きる様式、いきいきと生きる力を高めていくことに他なりません。そういう人財がつながり合い結束していくコミュニティに、未来の持続可能性が秘められていると実感しています。
※掲載の記事は2019年8月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。