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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >田中孝一郎氏

100年愛された「カルピス」ブランドの“守り”と“挑戦”

田中 孝一郎氏

【プロフィール】

アサヒ飲料株式会社 マーケティング本部マーケティング二部 乳性グループ
リーダー 田中孝一郎氏

1977年生まれ。2000年4月カルピス株式会社入社。2007年4月よりマーケティング業務に従事。主な担当ブランドは「カルピスウォーター」。「カルピス」ブランド価値向上プロジェクトリーダー、アサヒ飲料認定ブランドマスター。2018年4月より現職。



聞き手:一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 ディレクター 能藤




日本初の乳酸菌飲料として、今年誕生から100周年を迎えた「カルピス」ブランド。「健康」や「おいしさ」という開発時の価値をベースに、基幹商品の「カルピス」に加えて「カルピスウォーター」や「カラダカルピス」など、さまざまな派生商品を時代の変化に合わせてラインアップ。「守ること」と「挑戦すること」を軸に、歩みを続けてきました。100年間の長きにわたって愛されるブランドは、はたしてどのように作られたのか。アサヒ飲料マーケティング本部の田中孝一郎氏に「カルピス」誕生の背景からこれまでのブランディング、今後の展望などについてお話を伺いました。



4つの本質的価値をベースに進化してきた

聞き手

「カルピス」ブランドが今年で100周年を迎えました。ロングセラー商品の「カルピス」の誕生にはどのような背景があったのでしょうか。


田中

「カルピス」は、生みの親である三島海雲の「日本の人々に、健康で幸せになってほしい」という思いから開発されました。そこには「おいしいこと」「滋養になること」「安心感のあること」「経済的であること」という4つの本質的価値があり、これは当時から現在に至るまで不変のもの。100年間守り続けた、ブランドとして立ち返る場所です。これらの価値をベースに、時代に合わせた進化をしてきました。つまり「守ること」と「挑戦すること」という2つの姿勢で歩みを続けてきたのです。


聞き手

挑戦というと、コンクタイプの「カルピス」に限らず、「カルピスウォーター」などさまざまな派生商品も開発していますよね。


田中

コンクタイプの「カルピス」はブランドの本質的な価値を体現するもの。ただ、時代によって飲料に期待される部分は変わってきますので、ニーズに合わせて対応しています。幼児からお年寄りまで全世代に向けてカルピスブランドから価値を提供する、という考え方なので、各世代に合ったラインアップを整え、お客様としっかりとした関係が作れるように全体のポートフォリオを考えています。


聞き手

飲料のブランドでターゲットが「幼児から」というのは少ないのでは。


田中

小さなお子様に甘いジュースを飲ませることを敬遠される方も少なくありませんが、「カルピス」ならいいか、といわれる方は多いんです。また、コンクタイプですので、一緒に作ったり、作らせてみたり、親と子のコミュニケーションツールにもなっています。単に甘い飲み物というだけではなく、そうした特別な存在であるがゆえに、100年間支持されているのかもしれません。コンクタイプの「カルピス」は、クリエイティブの作り方も親子の関係性に軸を置いています。


聞き手

そのようなクリエイティブ上の戦略は、誕生当時から変わらないのでしょうか。


田中

そうですね。もともと「カルピス」は、三島海雲の内モンゴルでの体験をもとに、「貧しい日本の国民を健康にしたい」という志からスタートしています。その象徴的な絵が「親から子への無償の愛」。CMなどで実際に親子で「カルピス」を飲まれるシーンを見て、お客様に共感していただくことを重視しており、現在もCMはそういう作り方をしています。親が作る場合もあれば子供が自分で作る場合もありますが、基本は家庭の中での親子の世界観を描いています。


パッケージ、キャッチコピーに込めた想い

聞き手

「カルピス」のパッケージは水玉のイメージがありますが、誕生時からの変遷は?


田中

発売当時は茶色の瓶で、ミロのヴィーナスが描かれた箱に入っていました。1922年から、みなさんがイメージされるような背の高い茶瓶の紙巻タイプになり、そこで初めて水玉模様を使ったんです。「カルピス」の誕生日は7月7日なので、「天の川」の群星をイメージしています。もともとは紺色に白の水玉というデザインでしたが、よりさわやかな印象を意識し、白地に青の水玉というデザインに変わりました。その後、容器も瓶から紙へと変わり、現在のプラスチック素材のピースボトルになったんです。さわやかさと品質観を損なわないことを意識しています。


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左:発売当時のパッケージ。右:現在のパッケージ。

聞き手

キャッチコピーも「カラダにピース」「ピースはここにある。」など浸透していますね。


田中

「カラダにピース」は2009年に90周年の施策をスタートした際のコピーです。おいしくて健康にいい、というコンセプトの「健康」の要素を高める一環で「カラダにピース」としています。「カラダ」というのは単にフィジカルな部分だけではなく、心の健康も含めています。


聞き手

中身の製造過程は発売時から変わっていないのでしょうか?


田中

基本的には、脱脂して、脱脂乳をカルピス菌で2回発酵させる、というのが「カルピス」のオリジンなので、そこは変わっていません。味も基本的には変わっていないです。ただ時代の変化に合わせて、糖の質を置き換えたりはしています。「カルピス」の「カル」はカルシウムのカルなので、発売当時はカルシウムを添加したりもしていたんです。原材料表示が当時からまったく変わっていないわけではありませんが、基本的には100年変わらず、ですね。


聞き手

消費者のインサイトを引き出すためにはどんなことをなさっていますか?


田中

ファンミーティングなど定期的にファンの方とコミュニケーションを取れる場を作り、いただいた声を販促に活かしています。具体的には、開発途中の商品の試飲をお願いしたり、カルピスの思い出を共有しあうことで見えてくるものがないか探したり。そうした場を通じて、我々が規定している価値をファンの方に感じていただけているかどうか、我々が気づいていない価値がないか、見つけています。たとえば今年、100周年活動の一環で、蛇口をひねると「カルピス」が出る「カルピスじゃぐち」という取り組みをしましたが、これはファンミーティングの中で出てきたアイデア。ファンとの共創の好例かなと思います。


“苦しい時代”に生まれたカルピスウォーター

聞き手

カルピスブランドにはさまざまな派生商品が誕生しています。中でも特に認知度が高く、愛されているのが「カルピスウォーター」だと思いますが、どのような背景で誕生したのでしょう?


田中

1970年代後半から80年代にかけて、さまざまなRTD商品(蓋を開けてすぐに飲める商品)が世に出てきました。もともと飲料というのは家庭で消費されるものでしたが、そこで家庭外でも飲まれるという現象が起こりました。そのような中で、家庭内で薄めて飲む「カルピス」は流れに乗れず、苦しい時代でした。そこで、「カルピス」を外で楽しみたい、というお客様のニーズに合わせて、1991年に「カルピスウォーター」が誕生しました。バブル崩壊の翌年のことで、先輩社員によると「世の中はバブルが終わっていたけど、そこからカルピスバブルになった」そうです(笑)


聞き手

なるほど(笑)


田中

1991年に発売し、その年に約2050万ケースを販売し、翌年は約2600万ケース売れました。当時はいろいろなヒット番付で軒並み紹介されたり、コンビニの棚2段に「カルピスウォーター」が並んだり、「カルピスウォーター」しか売っていない自販機があったり……社会現象になるほどヒットしましたね。


聞き手

現在に至るまで人気の商品となった要因は。プロモーション上の戦略もあるのでは?


田中

2000年ごろから「10代の青春に寄り添うブランド」というイメージを浸透させるためのコミュニケーションを続けていることが要因ではないかと思います。飲料のボリュームは、グラフにすると30、40代で高い山ができます。「カルピスウォーター」も基本的な波形は同じですが、10代の山が他社商品と比べて高いという特徴があり、10代の青春飲料、というポジショニングは獲得できていると思います。


聞き手

「カルピスウォーター」はブランドの軸である「挑戦すること」を体現した商品ということになるのでしょうか。


田中

時代によって何を挑戦と位置づけるかは変わると思います。1991年当時は「カルピスウォーター」を発売することは、まさにチャレンジでした。ただ、令和元年の現在からすると、あって当たり前の商品。今の視点で見れば、たとえば、より健康価値の高い機能性商品を発売することなどが挑戦にあたるのかもしれません。



左:カルピスウォーター。右:カラダカルピス。

“新たな挑戦で「健康」にフォーカス

聞き手

そうした近年での挑戦をお聞きします。健康価値の高い機能性商品とはどのようなものでしょうか。


田中

わかりやすい例では、2017年に発売した「カラダカルピス」。乳酸菌の成分で体脂肪を減らすという機能性表示食品です。「カルピス」は子供向けの商品と思われがちですが、これは40代の働く男性をターゲットに、生活習慣病予防という位置づけで提案させていただいています。


聞き手

40代男性や健康面にフォーカスした商品は初めて、ということでしょうか。


田中

「おいしくて健康にいい」という価値を訴求していたものの、「おいしさ」に重きを置いていたので、直接健康をうたった商品は出していなかったんです。ただ、2017年に、「カルピス」ブランドの機能性表示食品として、健康をうたえる商品ラインアップを発売しました。初年度から計画を上回る売り上げとなり、市場に定着したのかなと思います。


聞き手

「カラダカルピス」はどのような試行錯誤の末に生まれたのでしょう?


田中

苦労したのは「おいしさと健康」の両立でした。しっかりエビデンスを有している乳酸菌由来の素材を所持していたので、それを活用しながら、いかにカルピスブランドとしてのおいしさを担保するか、開発者は非常に苦労したようです。また、独自素材を工業化することも苦労しました。「乳酸菌CP1563株」という素材が、体脂肪の低減効果を持つことが確認できてから素材の工業化、商品開発に取り組んだので、発売まで2年ほどかかりましたね。


聞き手

プロモーションで工夫した点は?


田中

ターゲットが従来のような親子や10代ではないので、40代の男性から共感を得られるタレントを起用しました。また、トライアルや継続を促すうえでは機能面をしっかり説明することが重要なので、情報がターゲットにダイレクトに届くように、機能を説明する動画を作るなどデジタルの販促も工夫しました。そして12週間の継続飲用をうたっているので、続けることで効果を実感してもらうためにポイントやLINEクーポンを付与するなど、続けてもらうための施策も行っています。


“健康”にフォーカスした「発酵BLENDプロジェクト」

聞き手

「カラダカルピス」以外にも、何か挑戦していることは?


田中

「カルピス」は「2回発酵している」ということがユニークなんです。素になっているカルピス菌は乳酸菌と酵母の共生体で、それぞれが作用する2回の発酵によって香りや味に特徴を与えています。それが唯一無二なので、今は「健康」という軸で、発酵にフォーカスしたいろいろな取り組みをしています。


聞き手

具体的には?


田中

今、手掛けているのは「発酵BLENDプロジェクト」。カルピスが発酵から生まれている、ということを紹介するだけではなく、日本の文化である発酵を広く世の中に発信していく、という取り組みですね。全国の、発酵に携わっている会社や地方自治体とパートナーを組んで展開しています。こうした取り組みを、今年はよりお客様ベースに落とし込んでいこうと考えています。


聞き手

鮒ずしやもろみ酢などとコラボしていますが、こうした取り組みをさらに広めていくということですね。


田中

そうですね。ただ、それらが「カルピス」と組み合わさることで相乗効果が得られる……ということを伝えたいというよりも、「カルピス」という誰もが知っているブランドを通じて、発酵というものを活かしたいろいろな商品があることを世の中に発信するのが主目的です。カルピスが全面に出るのではなく、我々が発酵という価値のプラットフォーマーになり、価値を蓄積しながら世の中に発信していく役割を担えればいいかな、と。その一方、ブランドとしていろいろなコミュニケーションや商品で発酵を訴求することで、「カルピス」自体も発酵由来の健康価値を有していて、「おいしくて健康にいい」のだ、という価値が高まることを期待しています。


聞き手

つまり、発酵自体の魅力を発信するプラットフォーマーになりつつ、発酵でできている「カルピス」自体の価値も高める、と。


田中

そうですね。CSV活動のようなもので、発酵文化の伝承や発信が社会的価値とすれば、財務的価値は、「カルピス」自体の健康価値を、発酵を通じてお客様に認識していただけるということでしょう。この2軸を両立させられるのが、「発酵BLENDプロジェクト」だと思います。


聞き手

「発酵BLENDプロジェクト」はどのように消費者向けに発展していくのでしょうか。


田中

発酵を強みに持つ企業と一緒に店頭でのプロモーション活動を進めていきます。7月から「『カルピス』発酵 BLEND CAFE」という名称でスタートしており、たとえば、ミツカンさんや森永製菓さんはお酢や甘酒を展開されていますが、こうしたわかりやすい発酵食材とカルピスを組み合わせてできたドリンクやフードを、スーパーの店頭で提供していくわけです。
また、「発酵BLEND」という商品シリーズも年初からスタートしています。第1弾はヨーグルト、第2弾は沖縄パインと「カルピス」を組み合わせました。これからも続々と登場する予定です。さらに、今年のお中元から、100周年の記念ギフトという形でお酢とコンクタイプの「カルピス」をセットにしたお中元ギフトも展開しています。今はまだ、こうした既存の発酵素材と「カルピス」を組み合わせた取り組みに留まっていますが、発酵そのものの本質的な部分にアプローチするチャレンジを来年以降、“101年目のチャレンジ”として始めたいと考えています。


聞き手

そのように、「守り」と「攻め」の両方の姿勢を大事にしてきたからこそ、100年愛されてきたわけですね。


田中

そう思います。挑戦した商品も、今までのものと親和性のないものではなく、今までのものをベースにした発展形、進化形なんです。たとえば、機能価値を長年研究し続けた成果物として「乳酸菌CP1563株」を発見することができ、それを活用した大人向けカルピス「カラダカルピス」が作れたわけですよね。一方、「発酵」は、そもそも「カルピス」の本質的な価値。そこをベースに時代のニーズに合わせて、他社の商品も巻き込みながら、いろいろ訴求しているわけです。連携することで全体の価値を上げていくイメージですね。


“国民的ブランド”というポジションを確固たるものに

聞き手

現在の課題は?


田中

飲料は今、無糖化へのシフトが進んでいます。現状、カルピスブランドは「おいしさと健康」という価値によってうまく有糖飲料の受け皿になれており、非常に好調ですが、今後ますます無糖化が進む中で、有糖飲料としてのポジションをいかに維持するかが重要だと思います。
100周年の活動については、今まで守り続けてきた価値やつないできた思いを大事にして取り組んでいるので、「お祭り」のようなものではない活動にしたい思いがあります。今までつないできた思いを、次の代に受け継いでいくことが大事だと思っています。とはいえ、100年を記念した商品はやはり必要なので、カルピスの本質的な価値に根差した商品を今年の秋口に発売する計画も進めています。


聞き手

では、“今後の100年”の展望を教えてください。


田中

100年間守ってきた価値を守り続けることが大前提。そのうえで、その価値に由来する、時代にあった価値をうまく生み出していくことがブランドとしての考えですね。現時点でも国民飲料である自負はありますが、さらに国民ブランドとしての確固たるポジションを確立していくことがブランドとしての目標です。


聞き手

最後に、改めて、長く愛されるブランドを作るために重要なことは何か、教えてください。


田中

軸をブラさない、ということかなと思います。三島海雲という、カルピスの生みの親の理念という軸をブラさず、いかに時代にあった進化を遂げるか。ただ、軸をブラさずに守っているだけではブランドはどんどん古臭くなってしまうので、本質的な価値をベースに、時代にあった進化を遂げることがブランドを長く守り、成長させるポイントだと思いますね。



右が田中氏、左が当協会の能藤

※掲載の記事は2019年10月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。