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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー > 清水 祐孝氏

「今の時代は人、人、人」仏教書の出版から
ITを活用した“終活マッチングビジネス”へ 

株式会社鎌倉新書清水 祐孝

Profileプロフィール

代表取締役会長CEO

1963年生まれ、東京都出身。
慶応義塾大学を卒業後、証券会社勤務を経て1990年父親の経営する株式会社鎌倉新書に入社。
同社を仏教書から、葬儀や墓石、宗教用具等の業界へ向けた出版社へと転換。
さらに「出版業」を「情報加工業」と定義付け、セミナーやコンサルティング、さらにはインターネットサービスへと事業を転換させた。
現在「いい葬儀」「いいお墓」「いい仏壇」「いい相続」など終活関連のさまざまなポータルサイトを運営し、高齢者の課題解決へ向けたサービスを提供している。

いい葬儀」「いいお墓」「いい仏壇」「いい相続」など、終活関連のさまざまなポータルサイトを運営している鎌倉新書
もとは仏教書の出版業を手掛けていた同社は、ITを活用した終活マッチングビジネスに業態を転換。
倒産寸前の状態から成長企業へと立て直しを実現させました。
果たしてどのような戦略的思考によって新たなビジネスモデルの構築に成功したのか。
清水祐孝代表取締役会長CEOにお話を伺いました。

仏教本の出版からBtoBへ

Q. 本日は、「いい葬儀」「いいお墓」「いい仏壇」など終活関連のさまざまなポータルサイトを運営されている鎌倉新書について、設立からの経緯や企業コンセプト、ブランディングなどさまざまな角度からお伺いできればと思います。
まずは理解を深めるため、清水会長のご経歴から教えてください。
大学時代は、先輩と一緒に学生企業のようなことをしていました。
途中からある程度の収入が入るようになり、学校にはあまり行かなかったのですが、大学3年生の終わりごろにその先輩が詐欺にあって夜逃げしてしまったんです。
その姿を目の当たりにして、ベンチャー企業で果たしてこれからやっていけるのかと怖くなってしまい、大学4年生になってから慌てて1年生の必修科目を取りギリギリで卒業したんです。
就職は、当時はバブル前で銀行や証券会社はすごく景気が良く、採用意欲もすごかったですね。
出版社希望でしたが、結局銀行か証券会社の内定しか出なかったので、証券会社に行ったという流れです。
で、入社すると『日経新聞』や『東洋経済』『ダイヤモンド』『日経ビジネス』『エコノミスト』を読むように言われるわけです。
毎週それらの本が届けられるので、読みたくないなと思いつつ読んで勉強していました。

会社を辞めたのは、父親からの電話がきっかけです。
証券会社に勤め始めて3年半が経ったとき、当時鎌倉新書を経営していた父親から、助けてくれないかと連絡があったんです。
入社後に知ったのですが、当時は債務超過で会社が倒産寸前で、社員も次々と辞めていたんですね。
証券会社はバブルの真っ最中で景気が良く、辞める理由はなかったのですが、結局28歳のときに鎌倉新書に転職することになりました。
入社時は、本当に売り上げの3倍ぐらいの借金があったんです。
もともと父親が仲間と経営していた旧鎌倉新書の債務を引き継いでスタートしていたので始めから債務があったわけですが、それが減らずに増えていったんですね。
当時の社員は父と母のほかにもう1人いただけ、という状況でした。
Q. 入社後、手始めにどのようなことに着手されたのでしょうか。
当時は仏教書を作っていましたが、売れやしません。
でも入社した以上、何か局面を打開するアイデアを考えざるを得なかったんです。

それで何かしなければ、という思いを抱えたまま仕事でお寺を訪ねると、そこではお葬式をしていたり、墓を分譲していたりする。
そのとき「ああ、こんな産業があるんだ」と気づいて調べてみると、たとえば葬式は、1年間に約80万人が亡くなっていて、1人につき約150万円の費用がかかる、ということがわかったんです。
掛け算すると1兆2,000億円の市場規模ですね。仏壇なら市場規模は4,500億円、お墓も4,000億や5,000億円です。

そこで、お葬式やお墓という、人が最後に買うものの産業は、ニッチだけれども意外に大きなマーケットがあると気がついたわけです。
仏教の本を作っていても潰れるだけならば、そうしたニッチな業界に向けた本や、業界の人たちが利用する販促ツールを作ったほうが利益が出せるのではないかと考え、少しずつ着手するようになりました。
私が社長になったのは2000年に入ってからですが、早い段階から自分自身が動いて、本の企画をしたり編集したり印刷会社と折衝したり、ほとんどのことは入社して2、3年経ったころには任されていましたね。
Q. 方針を転換して、具体的にはどのような改革をされたのでしょうか。
まず、出版社という領域の中で、仏教書から業界向けの出版へと対象を変えました。
つまりBtoBに舵を切ったわけです。
たとえばお葬式のハンドブックを作って葬儀社に1000冊納めたり、業界内の社長が読むような業界情報誌を作って購読してもらったり。

そんな中、葬儀社や石材店、仏壇仏具店を取材していて気がついたのは、業界誌を買ってくれる人たちはインクと紙で作られた本が欲しいわけではなく、そこに書いてある情報が知りたくて買っている、ということです。
つまり、自分たち出版社が売っているのは情報であり、出版というのは単に情報の届け方を指しているに過ぎない。
印刷物で情報を届けたら出版社といい、新聞紙に印字すれば新聞社といい、電波に乗せればテレビ局というけれど、みんな売っているのは情報です。
だったら、もう“情報屋さん”だと思ったほうがいいんじゃないかと考えたんです。
そんなこともあり、社員に対して自分たちは「情報加工業者」であると言っていました。
それからは出版、セミナー、コンサルという事業に注力して、借金も返済できました。

そのころ、ちょうどインターネットが普及し出していたんです。
そのときに思ったのは、「うちは出版社ではなく情報加工業者なのだから、インターネットを使った商売ができるんじゃないか」ということ。
つまり自分たちは「情報を売っている会社」だと思っていたので、情報を載せる媒体はウェブでもいいのではないか、と考えたわけです。

それからはセミナーや勉強会などにも参加するようになり、インターネットビジネスの研究をしました。
もともと、証券会社時代に根付いた習慣で『日経新聞』や『東洋経済』などをずっと購読していたので、いろいろな業界の情報や知識が入っていました。
そうした経済的な情報の蓄積がありましたし、インプットにお金と時間を使うことは苦ではなかったんです。

そんなふうに、インターネットで何かできないかと考えていた2000年代半ばごろ、知り合いの勉強仲間たちが上場するようになりました。
彼らが上場できたのは、退路を断ち、インターネット1本に命をかけて起業したからこそで、出版、セミナー、コンサルで食べていけていた自分とは違っていた。
そこで、もっと真剣にやらなければならないな、と反省しました。
そういう背景があり、それから少しずつインターネットの担当者も採用し始めたという形です。

今の時代は「人、人、人」

Q. インターネットビジネスに舵を切ってからの道のりを教えてください。
現在の「いい葬儀」などのポータルサイトはどのような経緯で誕生したのでしょうか。
当時、インターネットで何か商売をしたいとは思っていましたが、なかなかそのビジネスモデルが思いつきませんでした。
では、そのころにサイトに掲載していたのは何かと言うと、たとえば「お葬式に参列したときの常識的な香典の金額」や「数珠の握り方」「お焼香の作法」など、紙媒体に載せているような情報です。

そうした状況を脱するきっかけは、たまたまかかってきた1人のユーザーからの電話でした。
「今、父が亡くなったんですが、どこの葬儀社に頼んでいいかわからない」と言われて、業界誌の読者リストを見て、その人がいる場所の近くの葬儀社に電話をして、その人と繋げたんです。
その結果、お葬式が無事成立して、問い合わせをしてきたユーザーの方から喜んでもらえましたが、実はもっと喜んだのは、想定外のルートから150万円の売り上げが立った葬儀社でした。
それで「もしかしてこれはビジネスになるんじゃないか」と考えたんです。
そこから問い合わせの窓口を作り、葬儀社に繋ぐ「いい葬儀」というビジネスを始めた……という流れです。

まずは葬儀社、仏壇店、墓石店に電話をして、「御社の持っているお墓情報をくれませんか。我々のサイトに掲載して、問い合わせが来たら紹介します」という形で掲載社を集めました。
その問い合わせ経由で売れたら我々が成果報酬をいただくという仕組みです。
最初は情報が乏しくてスカスカでしたが、そのうちパラパラとお客さんが来て、パラパラと成約していました。
成約すると掲載社も「意外にインターネットでお客さんが来るんだね」と認識するようになる。
初めのころは、「うちもホームページはあるけど、そこからお客さんが来たことは1回もないから、掲載しても絶対にお客さんは来ないよ」と言われたんです。
でも、業界誌の取材などで知り合った社長などから情報を出してもらって掲載すると、時間が経つにつれてパラパラとお客さんが来る。
お客さんが増えたら少し噂になり、掲載できる物件が増え、物件が増えるとまたユーザーが増える……という形になっていきました。
Q. 「いい葬儀」の後は、2003年から「いいお墓」や「いい仏壇」なども始められています。
葬儀やお墓、仏壇などは、ユーザーとすれば一生に一度の買い物だから間違えたくないし、騙されたくないから、「情報が欲しい」というニーズがあるんです。
同時に、売り手にもニーズがあることに気が付きました。
どういうことかというと、お葬式やお墓を買ってくれる人はその辺にゴロゴロ転がっているわけじゃないので、葬儀社やお墓屋に認知度がないということ。
だからお客さんを集めるためには、無駄が多いとはわかっていつつも電信柱や駅ごとに看板を立てたり、折り込みチラシを定期的に入れたりしていた。
つまりマーケティングコスト、集客コストがかかっている業界なんです。
だから、そうした人たちに対して、「私たちがお客さんを集めてきますから、セールスしてください。売れたら広告代を10%、15%ください」と言いました。
そうしたら、広告代で30%ぐらい掛かっていたわけですから、15%ならいいじゃないか、とある程度は受け入れていただけたんです。

お葬式やお墓、仏壇というものは、たとえばコーラなどの飲み物とは違い毎日買うものではありません。
要するにリピート性がないものです。
情報の非対象性が極端に大きいわけですね。
売り手が100の情報を持っていて、買い手は0という業界なんです。
知識がないから、ユーザーに恐怖心がある。
だからインターネットを使って調べたいとか、あるいはユーザー側に立っている人からアドバイスを受けたいというニーズがあったんです。
リピート性は乏しいけれども、安い買い物ではないから間違いたくない思いがある。
そこにユーザーの情報ニーズがあったということだと思います。

Q. 勝機を見出せるようになったタイミングはいつごろでしたか?
2009年ごろから、だんだんインターネットの売り上げが増えてきました。
最初に「いい葬儀」などで情報提供を開始してから10年近くかかっていますね。
インターネットの売り上げが増えて比率が上がっていきましたが、人件費もどんどん増えていく。
そのときに思ったことは、「人件費がピカピカだったら、会社は儲かるんじゃないか」でした。
人件費がピカピカというのは、要するに「優秀な人が集まるためにはどうしたらいいか」ということ。
だから、集まった人たちが前向きに、ポジティブに仕事ができる環境を待遇も含めて提供できれば、会社は伸びると考えたんです。

では、そうした優秀な人たちが集まるようになるにはどうしたらいいか
一つの手段として、上場したほうが良いのではと思いました。
だいぶ借金もなくなっていたし、のんびりやっていく道もありましたが、優秀な人を集めなければ競争にさらされて負けてしまうという恐れがあったんです。

一つのエピソードをご紹介します。
以前、マンションの最上階に住んでいたアメリカ人とゴルフへ行っていたのですが、その彼はおそらく2億円ぐらいの給料をもらっている外資系のトレーダーでした。
彼一人で、コンピューターと机と元手があれば10億円ぐらい稼ぐわけですから、それぐらいの給料をもらっているわけです。
そう考えると、田畑を耕していた時代なら、真面目で屈強な人間と怠け者で貧弱な人間の間にある付加価値は、せいぜい2~3倍の違いしかなかったと思いますが、現在は教育とITによって1人の人間による付加価値は、極端に言えば1万倍ぐらい差があるのかもしれない。
それならば、この1万倍のほうの人間を集めないとダメだよな、と思ったんです。
今の時代は「人、モノ、金」ではなく「人、人、人」だと思いました。
だからさっきお話ししたように、優秀な人を集めようと考えたわけです。

ビジョン誕生の背景は?

Q. 鎌倉新書では「終活が当たり前になる、その時だれもが鎌倉新書をイメージ(想起)する。」というビジョンを掲げています。
このビジョンが作られた経緯などについて詳しく教えてください。
この「終活」の領域は、まだ市場としては確立されていないんです。
とはいえ、これからも高齢者人口は増えますし、高齢者の人口比率は上がり続けます。

そうした中で日本がさらに発展していくためには、やはりもっとシニアが明るく前向きに生きて、お金を使う必要がある。
それが社会にとっても重要であり、我々はそこを担っているわけです。
昔は子供もたくさんいたし、人もこんなに流動化しませんでした。
たとえば、子供は親がどこの銀行と付き合いがあるか、かかりつけの先生が誰か知っていたし、お寺の住職との付き合いも知っていたわけです。
そういう時代であれば何も準備する必要はなかったけれども、今は子供が東京に行って年に1、2回しか帰ってこないし、親がどの銀行と付き合っているか、どの病院に行っているか、どの住職と付き合っているかも知らないので、死ぬ前に「あとはよろしく」と言える相手がいない人が非常に増えている。
だから自分たちで終活の準備をしなければならないので、これからは終活というマーケットが当たり前になるでしょう。
そのとき、この領域の会社といえば我々しかいないので、「終活イコール鎌倉新書」と想起してもらえるようになろうね、ということです。
最終的には「鎌倉新書」がブランド化されていくことが最適だと思っていますが、まだまだですね。
Q. 競合他社については、どのように考えているのか教えてください。
たとえば葬儀やお墓など、一つひとつを見ていけば競合のような企業はありますが、我々のようなメディアという形で競合している会社はないですね。
一つひとつの事業ごとではライバルがいますが、会社全体で、同じコンセプトで事業を手掛けている会社は今のところはありません。
売り手側から見ると、お葬式の会社と仏壇を売っている会社は業界が異なるのですが、ユーザーから見れば、家族が亡くなればお葬式が必要になり、その後に仏壇が必要になるという流れがある。
だから我々はあくまでユーザーのニーズに従って事業を行っています。

多くの会社では自分たちの得意なプロダクトを売る方向で進めるので、そうした事業部ごとの競合はありますが、私たちはあくまでもユーザーのニーズの流れに従って事業を行っていくという考え方なんです。
我々は、葬儀をやるのではなく、適切な葬儀社につなぐ綱渡し係。
お客さんを船に乗せて、左岸から右岸まで連れていく係です。葬儀であれ、お墓であれ、保険であれ、介護であれ、それが我々の役割。
左岸に立ちすくんでいる人を右岸まで渡してあげて駄賃をもらう、というのが我々がやっていることなんです。

Q. マッチングビジネスを手掛けるうえでの重要なポイントを教えてください。
たとえば、家族が亡くなったら絶対にお葬式はしなければならないですよね。
つまり完全に需要が顕在化されているわけです。
ですが、たとえば「遺言書を書いておきたい」ということは、必ずしもマストではない。
つまり歩留まりが悪いわけで、そこの見極めが重要なことだと思います。
マストのゾーンは売り上げに振り替わりやすいけれども、それだけに競合するプレーヤーもいます。

一方、歩留まりが悪いところは、難しさはあるけれどもそれゆえプレーヤーがいない。
ここを分けて考えなければいけないと思います。
つまり潜在需要を顕在化しようとしているのか、それとも顕在需要を取りにいくのか。
そこをあまり深く考えていない人が多いんです。
「いります」と言う人にセールスすることは簡単ですが、それゆえライバルも現れますし、利益率の世界に入っていってしまいます。
そのような中ツーステップで母数を集めてその気にさせて売ろうとすると、すごく難しいし、コストもかかりますが、私たちはそこをやるべきだと思っています。
そこを顕在化していくことが、本当の意味で社会のニーズに応えることですし、社会課題の解決に繋がることだと思いますから。
いろいろな試行錯誤は必要だと思いますが、今はキャッシュフローも立っているので、そういった取り組みを一生懸命やっているところですね。

これからは終活全般のメディアに

Q. 今の「社会課題の解決」というお話も含めて、今後のチャレンジについて教えてください。
2015年に上場したときは、もともと仏教書の出版から入っているのでお葬式、仏壇、お墓という領域におけるマッチングビジネスで上場したのですが、その後「お葬式が終わったら、相続はどうしよう」とか「家を売りたい」とかそうしたお客さんの声を聞くことが多かったので、今は終活全般のメディアになろうと考えていて、これが我々のチャレンジです。

先ほどもお話ししたように、そこに行くためにはお客さんをどう育てるか考える必要もありますが、もっと重要なことは「お金にならないこともある」ということ。
たとえば終末期医療の場合、病院から成功報酬をもらうわけにはいきませんから、ビジネスにはなりません。
ですが儲からないからやらないというと、それは違うと思います。
鉄道会社も線路を敷いて駅を作り、そこにマンションを建てたり宅地開発をしたり、スーパーを作ったりしますが、もし文化施設や公園は儲からないから作りませんと言ったら、それはインフラ会社ではないですよね。

終活も同じで、儲からないことも混じってきます。
たとえば、我々が子供のころは写真といえば紙で、実家に行くとアルバムがみかん箱の中に入っているわけですが、それをデジタルにすれば残すことができます。
家庭でもできることなので大きなビジネスにはなりませんが、シニアの方にはできない方も多いですし、次の世代、その次の世代へと繋がっていくという側面を考えると、そういうことが重要だと思うんです。
お金にはならないので、無料でそういうことができないシニアの方を対象にデジタル化してあげて、それを我々が子供たちに送ってあげれば、売り上げはゼロですがきっと喜んでくれるはず。
そして、喜んでくれたら何か別の面で我々のもとに戻ってきてくれるかもしれません。
大事なのは、それができるかどうかですし、それがおそらくブランドへの道だと思います。

儲かることだけをしてブランドになろうというのは甘い。
儲からないけれど「ありがとう」と言ってもらえるサービスをすることで、初めてブランド化され、宣伝してくださいなんて言わなくても宣伝してもらえるようになっていく。
それがしっかりできるようにしたいですね。
もちろんそのためには他の部分で利益を出す必要があるので、マネタイズできるところでしっかり稼ぎながらやっていくことが大事。
マネタイズできないからやらないのではなく、マネタイズできないところもしっかりやれる会社にすること。
その先に、ブランドがあるのだと思います。

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