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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >桜田 圭子氏 Vol.2

出版業界の常識を覆したマーケティングへの柔軟な発想源とは – 第二話

桜田 圭子氏 Vol.2 株式会社 宝島社 マーケティング本部 部長

聞き手:一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本俊幸

【桜田氏のプロフィール】

1975年東京都生まれ。

広告代理店を経て、2000年宝島社入社。

以来、PR・販促などに携わる。

07年からは、広報の責任者および全出版物のマーケティングを行う。

08年に早稲田大学大学院商学研究科(MBA)修了。

書店員を招いた印刷工場見学ツアーや、「宝島社書店」など、

書店応援キャンペーン企画も担当。

2011年3月マーケティング本部新設とともに現職。


一番誌になるという共通のベクトル

岩本

大学院で学んだことを実際の仕事にどのように生かしたのですか。


桜田

「経営戦略」の授業で出た企業分析の課題で、せっかくなら自分の会社を分析してみようと宝島社を事例として取り上げたことがありました。その中で、自社の企業活動をバリューチェーンに落とし込んでみました。例えば、商品開発は編集部、流通対策は書店営業、宣伝は宣伝部が担当というふうに業務フローを棚卸してみました。そうすると、編集と営業の負担が大きいことが分かりました。その部署に負担が集中しないように、みんなで組織としてマーケティングを行ったらどうかと思い恐れ多くも、会社に提案してみました。


岩本

社長の反応はどうでしたか。


桜田

すぐにやろうと言ってくれました。初めはプロジェクトのような形でやろうということになり07年春から「マーケティング会議」としてスタートしたのです。


岩本

それはそれぞれの商品ごとにですか。


桜田

そうです。現在、月刊誌が12誌ありますが、各雑誌に関しては月1度開催しています。そのほか、マルチメディア商品やブランドムック、その他文庫・書籍などのマーケティング会議があります。


岩本

どういうメンバーで、何を話し合うのですか。


桜田

社長、書店営業、広告営業、編集長、宣伝、広報、Webという、まさに会社を横串しにしたメンバー構成で、みんなでその商品についてブレーンストーミングをします。その号の表紙や特集の話だったり、定価設定についてだったり、プロモーションについてなど、4Pマーケティングミックスの話が多いです。各部署が一堂に会して、さまざまな角度から自由に議論します。社長が出席しているので決定も速いですね。



岩本

それを最初に始めた時はスムーズに進行しましたか。


桜田

マーケティングに関する共通言語がなかったので、何をやるのかをみんなで共有するまでは大変でした。社内に共通言語がない状態だったので、最初のころは、1つの会議で2~3時間かかることもありました。でも、常にコミュニケーションをとっているメンバーですし風通しも良い社風なので徐々に機能していきました。例えば、価格の設定は、これまでの原価の積み上げからスタートするのではなく、まず読者のお買得感を基点に考えようとか。毎回、前号の良かったところ、悪かったところを検証して、良かったところはさらに伸ばして、駄目だったところは改善しようと、毎月積み上げていくので、それぞれの雑誌ごとにノウハウやナレッジが蓄積されていきます。


岩本

定価の概念をひっくり返した価格戦略は、どのあたりから取られたのですか。


桜田

早かったですね。07年春からマーケティング会議をスタートして、その年の『InRed』9月号から価格の変動制が始まっています。会議の中で、8月号が880円で「30代の女性誌としては高いよね」という話になりました。偶然そのとき、私が大学院で「価格弾力性」という理論を学んでいた時期で、価格をいろいろとシミュレーションしてみると「650円にすると3倍の需要になる」という結論が出たのです。そこで9月号は650円にしました。


岩本

やはり、きちんとした理論的な裏付けがあったんですね。ほかの部署から反対はなかったのですか。


桜田

マーケティング会議を始めたときに、トップから「各雑誌の部数をそれぞれのジャンルで1番にする」という「一番誌戦略」の発令がありまして、1年分の利益を費やしてでも1番を取ろうという戦略を立てました。「とにかく部数を1番にする」という各部署共通の目標を立てたことで、みんなのベクトルが同じになりました。


岩本

その一番誌戦略はいつからですか。


桜田

マーケティング会議を始めた直後からですね。雑誌は販売収入と広告収入の2つの営業収入で成り立っているのですが、今後、人口の減少に伴って販売収入が減少していくのは明らかです。ではもう一方の広告の売上げをとるために何が必要なのかというと、一番誌になることだったのです。つまり、広告クライアントは広告予算が縮小されていく中で部数が1番の雑誌にしか広告を出さなくなるということです。圧倒的な一番誌になるためには、既存のターゲットだけではなく、これまで読者ではなかったノンカスタマーを取り込む必要が出てきます。そのためにはこれまでやってきたことを継続していくだけでは実現は無理で、あらゆるところでイノベーションを起こさなければならなくなったのです。



岩本

そのイノベーションとはどういうものでしたか。


桜田

例えば、細かいことで言えば、雑誌は棚に並んだ時に上から10㎝が最も露出度が高いのですが、その雑誌タイトル部分に付録のブランドアイテムの写真をかぶせることで訴求力を高めたり、価格を毎月変えたりしました。また、テレビCMも毎月新しい素材を作ったりしました。何より大きかったのは、一番誌戦略に向かって社員みんなの意識が一つになっていったことですね。


次回へ続く