一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >田中 洋氏 Vol.1
聞き手:一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本俊幸
【田中氏のプロフィール】
京都大学博士(経済学)。
(株)電通マーケティング ディレクター、法政大学経営学部教授コロンビア大学客員研究員などを経て2008年より現職。
主著に『大逆転のブランディング』(講談社)、『消費者行動論体系』(中央経済社)、『欲望解剖』(茂木健一郎との共著、幻冬社)、『企業を高めるブランド戦略』(講談社現代新書)、『現代広告論(新版)』(共著、有斐閣)、『広告心理』(共著、2007、電通)など。
その著作により日本広告学会賞を3度、中央大学学術奨励賞などを受賞している。
聞き手
田中先生はビジネススクールでブランド戦略などの講義を行なわれていらっしゃいますが、ブランド論やブランド戦略は、どういうカリキュラムで教えていらっしゃるのでしょうか?
田中
全体が15回です。15回というのは90分×15回やるという計算です。内容を大まかにお話しますと、ブランドとは何かから始まって、ブランド戦略の全体の流れから、あとは各論に入っていくという流れです。
聞き手
15回というのは期間的にはどのぐらいでやるわけですか。
田中
8週間のコースです。
聞き手
それを年に何回くらいやっていらっしゃるんですか?
田中
僕は年に2回ぐらいやっています。
聞き手
どのような方がいらっしゃっていますか。
田中
社会人ですね。うちのビジネススクールは、働いている人が辞めずに勉強できるということでして、年齢的にいうと、たしか平均年齢は30代前半と聞いたような気がします。
聞き手
30代の働き盛りですね。
田中
中心は30代だと思いますが、40代の方ももちろんいるし、20代の方もいるし、散らばっています。勤務先などもみんなバラバラです。自営業の人もいらっしゃるし、社長さんもいる。病院の副院長さんみたいな方もいるし、公認会計士をやっている人とか、女子アナウンサーやテレビディレクターもいるし、各層の方がいらっしゃいます。
聞き手
これからブランド・マネージャーを目指しているとか、そういう人は少ないですか。
田中
純粋にブランド・マネージャーを目指すというか、一般的にマーケティングだけをやりたいという人ももちろんいます。その中でブランドをやってみたいという人が私の授業をとっていることが多いと思います。
聞き手
なぜ学びに来ているのかという質問は何ですが、どんな感じを受けますか?
田中
どうしてビジネススクールに来るのか。いくつかのモチベーションがありますが、1つはステップアップです。ビジネスマンとしてのステージを上げたい。もうちょっと高度なことができるようになりたい。いまの会社は複雑にできているので一つの、例えば営業だけの仕事をやっていると、人事とかファイナンスとか会計とかの分野はなかなか分からないものです。もっと具体的なテーマを持って勉強している人も少なからずいます。M&Aについてもっと深くやってみたいとか、ビジネス法務の専門家になりたいという人たちです。病院の副院長さんという方もいて、いままでは医者だけをやっていれば良かったけれど、病院の副院長さんになると人事の管理とか組織とかそういうことをやらなければいけないので、それを勉強したいとか、そういう個別の目的をはっきり持った方もいらっしゃいます。
聞き手
職業がさまざまというだけあって、目的も本当にさまざまですね。
田中
典型的にこういう人というふうに絞りきれないです。
聞き手
これも大まかな質問になってしまいますが、そういう方々はブランドについてどのようにとらえていらっしゃいますか?
田中
実際にブランドの仕事に関係している人ももちろんいます。例えば広報の人が何人かいますが、広報に関係する仕事で、企業ブランドの視点で広報をやってみたいという方がいます。あとは宣伝部門の方たちはよりブランドに関係する仕事になります。もちろん消費財のブランド・マネージャーをやっているという人もいます。ただ、うちのビジネススクールにはとにかくいろいろな科目が用意されています。何かわからないけれど、面白そうだからこの際あれこれ勉強してみようかという人が多いのではないかと思います。
聞き手
先ほどおっしゃられた弁護士さんとか公認会計士さんとか病院の方というのは、ブランドを直接的に活用するというような感じがしますが、いくつかの講義がある中で、面白そうだからやってみようかという感じでしょうか?
田中
ビジネススクールの良いところはそういうところにあるわけです。ファイナンスなどまったく関心がなかったけれど、やってみたらファイナンスにはまってしまったとか、人事組織、組織論っておもしろいなとか、それと同じ感じでブランドのほうをやってみたらおもしろかったという人もいるのではないかと思います。
聞き手
受講前と受講後で明らかに変わったなという印象は受けますか。
田中
少なくとも、ブランドとはどういうものであるかというのは分かるのではないでしょうか。僕はどちらかというと、その人たちが社長になった時に役に立つことを考えています。うちのビジネススクールは戦略経営論をその柱にしています。ビジネススクール自体が、トップマネジメントとなった時に役に立つようにということを標榜していまして、僕のブランド論もその一環です。ブランドを考えた経営を実践してもらいたいというのがあります。もちろんそのほかに、広告とか現場でマーケティングをやっている時にも役に立つと思います。
聞き手
仮に大学生あたりの方が受けられたとして、最初に「ブランドって何ですか?」と聞かれたとしたら、田中先生はまず何を答えられますか。
田中
大学生に?
聞き手
要は、まだ社会に出ていない人に聞かれたとしたら。
田中
大学生に聞かれたらというのは、難しいな。
聞き手
答えないとか(笑)
田中
いろいろな答え方があると思います。すごく簡単に答えようと思ったら、消費者の心の中にできた、作られる企業とか、商品に対する1つのシンボルみたいなことと答えるかもしれません。相手によって違うかもしれません。大学生というのは何か意味がありますか?
聞き手
全然知らない人に伝えるのはすごく難しいなと私もずっと思っていまして、先生たちはどう伝えるのかなと。
田中
僕は最近、消費者の認知システムというふうに考えるように変わってきたのです。
聞き手
それは変わるきっかけが何かあったのですか?
田中
もう1回改めてブランドとかブランド・エクイティとは何だろうと考えた時、どう考えるのがいちばん良いかなと考えたわけです。ブランドというのは我々の商品世界を見る時の見方を決めるものです。この間も、僕が前に教えていた男がミクシィの日記で子供をおもちゃ屋さんに連れていった話を書いていたのです。その中で、おもちゃ売場を見ていたらレゴがあった。レゴというものをレゴというふうに認識させる、その心の働きがブランドなのではないかと思うのです。レゴというのは、普通で見るとプラスチックでできた、カラフルな、つながるモノでしかないのですが、我々がこれはレゴというおもちゃだという知識が頭の中にあったら、これはレゴなんだというふうに認識しますよね。しかも子供を持っている人だったら、レゴは子供にとって教育的な良いおもちゃなんだということも含んで認識すると思います。そういう心の働きがブランドだというふうに僕は考えたほうがいいと思いますが、大学生にそれを一言で説明するのは長ったらしいですよね。
聞き手
分かります。いずれにしてもそれぐらい、一言で伝えるのは難しいということですよね。
聞き手
以前にベーシックコースのカリキュラムでチェック、監修いただいた中で、ブランド・マネージャー認定協会では消費者側から見た識別を定義にしました。ですが、世の中にはいろいろな定義があると思います。これについて改めて先生のほうから何かあれば。
田中
いや、これが間違いだということではないので、変えなくても全然良いと思います。どのようにブランドのことを考えて組み立てるか。いま改めてもう1回考えているところです。これで良いと思います。これで間違いということではないです。
聞き手
そういったところで、先生なりの見解でこうだとなったらぜひ教えていただければと思います。先生ご著書「企業を高めるブランド戦略」を拝読させていただきました。これを出版されたのは、確か7年前ぐらいでしたよね。
田中
そうです、2002年です。
聞き手
7年前でも当然、ブランド戦略の強化とかブランドパワーということが日常に用いられるようになったし、ブランド、マーケティングを重要課題ととらえることはもう当然と考えるようになっていました。田中先生は、7年前といまの違いをどのように捉えていらっしゃいますか。
田中
最近、またいろいろ思うのですが、ブランドがそもそも問題になったのは、遡ると80年代のイギリスです。なぜ80年代のイギリスでブランドが問題になったかというのはまだあまりよくわかっていないのですが、僕が最近思うのは、その1つの要因はサッチャイズムではないかと…。確かマーガレット・サッチャーが首相になったのは82年ぐらいです。ご承知のとおり彼女はもともと新自由主義を唱えて、理論家は別にいますが、その信奉者です。何をやったかというと、国有化企業を民営化するprivatizationや規制撤廃ということを熱心にやりました。その後、レーガンがアメリカ大統領になって、やはりそれをやっている。日本でも中曾根首相が国鉄を民営化して、同じようなことをやっています。最近だと小泉首相が郵政を民営化したのもこの系譜ですね。いま新自由主義は批判されていますけれども。
聞き手
なるほど。
田中
その理論的背景になっているのが、ハイエクとか新自由主義を信奉する経済学者の理論です。イギリスの80年代のサッチャイズムが直接ブランド作ったわけではないけれど、サッチャー主義が成立して浸透していく中でブランドというものが注目された。そういうプロセスがあったのではないかと思います。日本でもそうです。例えば国鉄がJRになったり、郵政がNTTになったり、民営化のプロセスでいろいろなブランドが出てきました。同様にもう1つ、新自由主義の中で生まれてきたのが金持ちと貧困の格差です。1998年には米国の金融資産トップ20%の世帯が全体の91%の金融資産を保有するまでに至りました。こうした格差の広がりはとくに80年代に顕著に起こったのです。これは金融の自由化によるところが大きい。イギリスでいうとビッグバンがあり、日本でも金融の規制緩和がありました。その後どうしたか…。サッチャーはまず税率の引き下げを行いました。国は税金をあまり取らずに、国は小さな政府でいいという考え方です。そうなってくると、儲かる人はどんどん儲かる。サッチャーは面白いことを言いました。「金持ちを貧乏人にしても、貧乏人は金持ちになりません」。だから、無理に平等にしてもしょうがないでしょうということを言ったのだと思いますが、その路線がずっと広がっていきました。
聞き手
そうなんですか。
田中
お金持ちの人はブランドを求めます。金融は個人にとてつもないお金をもたらすものなので、お金持ちがたくさん出てきますと、それによって高級ブランド化が促進されます。企業のM&Aが80年代以降活発に行われたことも、恐らく関係があると考えています。この80年代、90年代、00年代の30年間ぐらいの流れは、新自由主義がもたらしたことと何か関係があるのではないかとつい最近も思っています。もしそうだとすると、これからどうなるか。何とも言えませんが、もし新自由主義が終息してしまうとすると、違うマーケティング手法が出てくるかもしれません。
聞き手
どのようになるのでしょう?
田中
ブランドにとっても、最近のことを見ていると昔とはちょっと違います。何が違うか。ブランドというのは、ちょっとぐらい高くても買ってくれるものだというような理屈があります。そういうのをマーケットは実践してきたと思います。だけど、いま見ていると、日本でもまたデフレみたいになってきて、ユニクロなどもそうですし、マクドナルドもそうですし、家具のIKEAもそうです。ニトリもそうですね。最近話題になったところでいうと、原宿にフォーエバー21というアパレルショップができましたね。韓国系のアメリカ人が始めたブランドらしいのですが、こういうのはちょっと前のブランドの理屈と違うと思います。安いことによって価値が出てくるブランドというのが、いますごく出てきています。
聞き手
確かにそうですね。
田中
ユニクロでも、価格は安いけれど、安いわりには価値があるじゃないかというような価値を持っていると思います。H&Mもそうです。これは前に出てきたブランドの話とちょっと違うのではないか。新自由主義的な流れが変わってきたところから考えて、ブランドの理屈も少し変えたほうがいいのではないかと最近思っています。
聞き手
大きなうねりの中の変わっているところに来ているなという感覚ですか。
田中
そうですね。同じではいけないのではないかと僕は思います。
聞き手
たったこの7年でもそれだけ違ってきているということですね。
田中
つい最近まで僕もそんなに考えていなかったけれど、ごく最近、そういうことを考えています。
※掲載の記事は2014年8月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。