一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >小池 玲子氏 Vol.3
聞き手:一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本俊幸
【小池氏のプロフィール】
東京芸術大学工芸科VD卒業
J.Wトンプソンに入社 同社取締役。制作担当副社長
FCB(フットコーンベルディング)制作担当副社長
PUBLICISジャパン制作担当副社長を歴任後
外資系広告代理店で培ったブランディングのノウハウを
日本の会社にも広める事を目的としクリエイテブハウスR-3を設立。
主な仕事
ダイヤモンドを日本の習慣に定着させた「エンゲージメントキャンペーン」
「スイートテンダイヤモンド」
プレミアムアイスクリームのポジショニングで成功したハーゲンダッツ
水を買って飲む習慣を作った、Vittel,Contrex Perrier
日本では認知度ゼロであった,UBSのブランドイメージ確立等、
航空会社から食料品、化粧品の分野迄広くブランドの構築に関わってきた。
聞き手
単刀直入にお聞きしますが、そもそもアイデアとは何でしょうか。
小池
最近、「アイデアとは何か」なんて言う人がいなくなって、そういう質問されるととっても新鮮な感じですよ(笑)。
本当にアイデアについて真剣に考える人がいなくなってしまったんじゃないかって思うんです。
聞き手
そういう質問すら出ないと。
小池
そうなんです。昔『idea(アイデア)』っていう雑誌があり愛読しましたが、いまも健在なのでしょうか。
私自身がそういう場に出くわさないのかもしれませんが、「アイデアって何?」って真剣に考えたり論議している人が少なくなってしまったような気がします。
デザインの学校ではきちんと教えているのかしら。
「アイデアとは何か」などという、原理的なところを教えるのが学校の本当の目的だと思うのですが。
聞き手
表現方法とかテクニックの部分に偏重していると。
小池
そうですね。
アイデアというのは広告にとどまらず、全てのビジネスに関わる原理だと思います。
『アイデアのつくり方』という本は、ジェームス・W・ヤングにより1940年に書かれたものです。
この本が日本語に翻訳された時、彼は本の序文にこんな言葉を残しました。
1981年ヤングが日本に来た時に抱いた印象です。
「一国の国富というものはその国のもつ天然資源より、国民エネルギーとアイデアにより多く依存するものだ。という事を日本は世界に向かって証明しました。」
(戦争で焦土と化した日本がこれだけ発展したのはなぜだろう。日本が、資源がないにもかかわらず発展したのは、日本人が頭で考えたからだ)
要するに、全てがアイデアなのです。
ソニーもホンダもアイデアで発展したのです。
日本人の「考える力」が日本をこれだけ発展させたのだと、ジェームス・W・ヤングは書いているのです。
聞き手
私も読みました。小さな薄い本ですよね。
小池
私はその本を何度も読み返しました。
薄い本ですけど、中身がとても濃くて、何回も読み込まないと身に付かなかったのです。
その中でジェームス・W・ヤングが面白いことを紹介しています。
パレードというイタリアの社会学者、経済学者の言説なのですが、「この世界の全人間は「ランチェ」と「スペキタトーレ」の二種類のタイプに分けられる」というものです。
ランチェというのは英訳すると「バッグフォルダー」で「かもられる人」のことだと言っています。
聞き手
かもられる人?(笑)。スペキタトーレは?
小池
スペキタトーレは「思索し続ける人」と訳されます。
その思索し続けるというのが「アイデア」に通ずると言っています。
ジェームス・W・ヤングは、「皆さんはスペキタトーレになって、アイデアに挑戦し続けなければならない」と説いているのです。
彼は「アイデア」とは、「古い要素の新しい結びつきに過ぎない」と論じています。
つまり、要素ではなく要素の結びつきそのものがすごく新しいものであるということがアイデアなのだと。
聞き手
なるほど。それぞれの要素自体は新しくなくても、それがつながることで新しい価値が生まれることはよくありますね。
小池
解りやすい例を挙げましょう。
昔、サヴォイホテルのコック長でエスコフィエというその時代トップと言われた料理人がいました。
そこにネリー・メルバという当世随一の歌手が来店したそうです。
メルバの「桃を食べたい」というオーダーに対して、エスコフィエはただの桃を出しては自分の名折れだと思い、桃をシロップで煮てアイスクリームを付けて出したんです。
それがピーチメルバというデザートになって今に残っています。
ピーチもアイスクリームもそれまであったものですが、ピーチをシロップで煮てアイスクリームを付け合わせたところが、アイデアなんですね。
聞き手
それこそ組み合わせのアイデアですね。
小池
ただ、組み合わせるためには原理と方法を知る事が必要です。
ものに対する知識というのは、これもヤングの本に書いてあるのですが、教育学者でシカゴ大学の総長だったロバート・ハチンスが、〈急速に滅びていく事実〉と名付けたもので、特殊な断片的知識は全く役に立たない。
〈急速に滅びていく事実〉とは、例えばAKB48のメンバーの名前を全部言えるとか、印刷工程での様々な過程と時間、版下は何日かかるといった知識のことです。
必要な知識というのはアイデアが創りだされる方法に心を訓練する仕方で、すべてのアイデアの源にある原理を掴む事ではないでしょうか。
例えば、クリエイティブをぜんぜん知らない経営者がものすごく斬新な広告のアイデアを出すことがあります。
つまり、その経営者は原理を知っているのです。
原理の上に立って要素と要素を結びつけることで、アイデアが生まれるんですね。
聞き手
なるほど。
小池
ですから、その結び付け方をどうすればいいかというのを『アイデアのつくり方』という本で書いているんです。
聞き手
アイデアがたくさんあって、その中で「良いアイデア」という定義があると思うのですが、例えば、広告表現で良いアイデアが生まれるときというのは、何か普遍的な法則というものがあるのでしょうか。
小池
考え続けることですね。
例えば、課題があって、これをどう表現したらいいんだろうといろいろな可能性を考える。
とにかくいろいろなことを考えて、全て書き出してみるのです。
聞き手
頭の中で出てきた要素を列挙するのですね。
小池
そう、列挙します。
例えば、水のペットボトルの広告を考えるときに、競合商品から何からその製品、市場について勉強し、資料を集めるわけです。
物理的なあらゆる知識を集めます。
次にその製品と関連ある消費者について、全て書き出します。
目と頭とで同時に情報を見るわけです。
さらに、この製品から離れて、水についてのイメージを膨らませるのです。
「水」「天然」「地球」心や興味が赴くままにたくさんの資料を収集します。
そしてそれぞれの資料を一つずつ心の中に落とし込むのです。
その過程で関係のない色々な考えが心に浮かんだら、それを必ず書き留めておくのです。
聞き手
ええ、ええ。アイデアを寝かせろとよく言われますね。
小池
そうすると、電車に乗っているときなどに、ふいに思いつくんです。
聞き手
それは脳に何かが起きているのでしょうか。
小池
頭の中はいつも働いているんですね。
記憶が脳の中で整理されて結びついて、「あ、そうか!」とひらめく。
ニュートンが道を歩いているときに、リンゴが落ちるのを見て万有引力の法則をひらめいたのは、思考を継続させていて、一時忘れたとき、その考えが「降ってきた」んですね。
聞き手
よく「神さまが降りてくる」って言いますよね。
小池
そのためには、あらゆる知識と可能性をおさらいします。
まず、「この水をどうすれば一番おいしそうに美しく見せることができるのか」とか、「ボトルは本当にこれでいいのか」とか、「どういう店で売ればいいのか」とか、「水って人間にとって何なのか」とか、あらゆる知識を一旦、脳に収めます。
そして書き出します。
私は、思いついたことをいつでも書き出せるように常に手帳を身に付けています。すぐ忘れちゃうから(笑)。
寝るときも枕のそばに置いています。
そして、その断片的なメモを全てボードに貼るのです。
それを見ながら、パソコンに打ち込んでいきます。
それを繰り返すことによって、頭の中に知識や情報やヒントが入ってくるんです。
聞き手
その中で整理の仕方というか、優先順位というのがあるのですか。
それともむしろ整理しない方がいいのですか。
小池
もちろん整理しますよ。
整理の仕方は、例えば、「面白い」の度合いであったり、「ダイレクト・近い・中くらい・遠い」であったり、カテゴリーごとに情報を整理するんです。
聞き手
もともと頭の中にあったものを書き出して言語化するわけですよね。
ということは、自分の脳の中にあるものしか出てこないのではないですか。
小池
そうですね。だから出来る限りの知識を集めるのです。
手帳に書き込むのは、考えたことだけとは限りません。
新しい知識の吸収、体験、人の喋っていることや、雑誌の情報も、電車の中吊り広告でも、街で見かけた人のファッションでも、あらゆることから得たヒントをインプットするんです。
聞き手
なるほど、アイデアを考えているときに触れたものを全てインプットする。それを繰り返すから知識が集積し、脳の中にアイデアのソースが蓄積されるのですね。
小池
書くというのがとても重要です。
書いたものを並べて取捨選択していくと、頭の中が整理されて明確化されていくのです。
で、あるとき、アイデアとなって「降りてくる」んです。
聞き手
アイデアが醸成するまで寝かす期間が大切なのですね。
小池
J.W.トンプソン時代に制作したデビアスの「ハンズ」(NY・ADC金賞を受賞、カンヌ国際広告祭でFINARIST)のテレビCMを作ったときのことですが、『ヴォーグ』という雑誌を見ていて、男性の手の写真を見たときにあのCMのアイデアを思いついたんです。
聞き手
どういうことですか?
小池
デビアス・ダイヤモンドのイメージキャンペーンのアイデアを開発していたときの話です。
イメージキャンペーンは世界市場の主要4か国(アメリカ、フランス、イギリス、日本)だけで同一のものを数年放送するのです。
これはコスト削減という意味と、ダイヤモンドのブランドアイデンティティは愛なので、どの国でもコミュニケーション出来るというクライアントの意図がありました。
世界7か国のクリエイティブチームによる競合でした。
日本の企画はいつも負けてしまう。
「これは日本にしか通じないアイデアだ」と、撥ねられてしまうんですね。
聞き手
ええ、ええ。
小池
で、絶対勝ちたいと、アイデアを考えて考えて考え抜いていたときに、雑誌に載っていた男性の手の写真を見ました。
温かく、力強い写真でした。
その時ひらめいたのです。
「手だけなら全世界に通じる」。愛を手だけで表現すること。
結局、そのCMはグランプリも取りましたし、アメリカで5年も放映されました。
聞き手
本当に一瞬のひらめきが企画の採用につながったわけですね。
小池さんのアイデアの源泉はどんなところにあるのですか。
小池
いろいろな雑誌のストックの中に私のアイデアの元になるものがたくさんあります。
聞き手
よくクリエイターの仕事場は資料であふれていますが、その中からアイデアに結びつくものをピックアップするコツというものがあるのでしょうか。
小池
それはその人のセンスでしょうね。だから、私は「9SENSE(ナインセンス)」を提唱しているんです(笑)。
聞き手
ナインセンスについては、メルマガ(注:第48号 4月25日配信)で詳しくお聞きします(笑)。
※掲載の記事は2016年2月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。