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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >株式会社モスフードサービス(モスバーガー) Vol.1

一貫した哲学が支えるモス・ブランドの広がり – 前編

株式会社モスフードサービス(モスバーガー) Vol.1

聞き手:一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本俊幸

【株式会社モスフードサービス(モスバーガー)のプロフィール】

1972年創業。

日本の食文化を生かしたハンバーガーを提供し、日本のハンバーガー業界でのシェアは、日本マクドナルドに次ぎ第2位。

素材を厳選し、注文を受けてから作る「アフターオーダー方式」など、スローフードの要素を取り入れているのが特徴である。

ファストフードではなく「ハンバーガーレストラン」と分類される場合もある。

その味の良さから人気があり、利用したい飲食店ランキングでも上位にランキングされている。

名前の由来:モスバーガーのMOSは、MはMountain(山のように気高く堂々と)OはOcean(海のように深く広い心で)SはSun(太陽のように燃え尽きることのない情熱を持って)という意味とされている。


時代を先取りしていた創業者の哲学

聞き手

お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。本日は株式会社モスフードサービスの特別顧問の田村茂さんにお話を伺います。まずは、田村さんのご経歴をお聞かせいただけますか?創業者の櫻田慧(さくらだ・さとし)氏との出会いが、田村さんの人生を大きく変えたとか……。


田村

実は櫻田と私は同郷で、日本大学経済学部の大先輩でした。初めて出会ったのは、私がまだ学生の頃に開かれたOBとの懇親会でのことです。たまたま隣に座った私たちは、故郷である岩手県大船渡の話で盛り上がったのです。その時に創業したばかりのモスバーガーの話を聞きました。しかし、当時は飲食店はひとくくりに「水商売」というイメージが強く、不安定な職業だと思われていました。ですから大学4年だった私は、卒業までの1年間だけモスバーガーでアルバイトをしたのです。そして内定先だった銀行にそのまま入行しました。入行してしばらくして、櫻田から融資について話をしたいと連絡があり喜んで向かったのですが、ひたすらビジネスについての理念や熱意を語るのです。そのときに、「うちはハンバーガーだけを売っているんじゃない。幸せを売っているんだ」と言われまして。


聞き手

今でこそ理念を大切にした経営は当たり前になってきていますが、40年前ではなかなかない発想だったのではないでしょうか。


田村

そうでしょうね。ですから私はその言葉にガツンと頭を殴られて、転職を決意したわけです。


聞き手

「水商売」というネガティブなイメージを上回るほどの影響力だったのですね。
では入社後はどういう役割を?


田村

1号店の店員からですね。1年くらいしてから店長を、さらに1年後にはフランチャイズを指導するスーパーバイザーを命じられました。大変な促成栽培ですが、それだけ追い風が吹いていて、フランチャイズ展開が加速していたんですね。あの頃はスーパーバイザーも足りなかったから、最大30店舗以上担当したこともありました。しかも当時のモスのフランチャイズ展開は、非常に非効率的でした。北海道に出したら、次は九州に出したりというような。これは櫻田がマインドに共鳴する人にしかブランドを与えなかったからです。


聞き手

効率化よりも理念を大事にしたということなのでしょうね。


田村

創業者は30代のときから経営の指針は「心+科学」だと言っていました。「心」には3つあって1つ目は哲学。感謝される仕事をするということです。2つ目は経営の価値判断基準が同じということ。たとえばどこかのフランチャイズオーナーが、今日は野菜が高いからハンバーガーに入れる野菜の量は普段の半分でいいぞと考えたら、果たしてうちのブランドが成立するでしょうか。そういう損得勘定ではなく、善悪で考えるということです。そして3つ目は不屈の精神。辛いことがあった時にすぐ諦めたり逃げたりせず、耐えうる力。粘り強くやり続けるということです。
「+科学」というのは、サイエンスに限られた科学ではなくて、「変化への対応」のことでした。お客様のニーズや環境は変わりますから、フットワークよく、その変化に対応できるような企業でなければいけないと言ってました。「心」は変えてはいけないが、「科学」の部分については、時代の変化にアンテナを張って軽やかに変化していくのが私達の力なんだということですね。



聞き手

なるほど。変えてはいけないところと変えるべきところ。その線引きを明確に持っておられたのですね。


マインドの共有にこだわり抜いたフランチャイズ展開

聞き手

先ほど、フランチャイズのお話が出ました。モスバーガーではエリアに限らず、理念に共感してくれる人に出店を許可していった結果だとのことですが、そのあたりを詳しくお聞かせいただけますか?


田村

フランチャイズ展開に当たっては、櫻田の哲学でもあるのですが、心や感性が分かち合える人と仕事をするというのが大前提でした。価値観、すなわちマインドのずれた人と仕事をするほど非生産的でモチベーションが上がらないことはありませんから。


聞き手

目先の拡大に目を奪われることなく、理念の浸透を大事に考えておられたのですね。


田村

そうです。創業者の櫻田には、人も金もノウハウもありませんでした。だから多くの投資が必要な直営展開はできず、他人資本を借りるフランチャイズにせざるを得なかった。そしてフランチャイズにおいて価値観の違う人たちと仕事をすると、どんな問題が起こるのかというのは、アメリカ時代に勉強していたのでしょう。


聞き手

フランチャイズ展開する上での難しさはまさにそこにあると思うのですが、具体的にはどのような関わり方をなさっていたのでしょうか?


田村

直営は命令一下で全部が進みます。しかしフランチャイズは対等な関係ですから、やはりマインドの結びつきが重要なのです。櫻田はここに最もエネルギーを費やしていました。加盟希望者の面接に徹底的に時間をかけて、加盟するまで早い人で1年、長い人だと3?4年かかっていました。その間に、櫻田が話したことについてレポートを出してもらったり、こちらからもフランチャイズのデメリットを洗いざらい話していました。サラリーマンからフランチャイズを始めるなら、よっぽどサラリーマンの方が楽ですよ、とか。


聞き手

しっかりと時間をかけて、価値観を共有しながら、加盟希望者の方の覚悟を見ていたのでしょうね。



田村

そうです。面接が始まった時点から加盟の間まで教育していたのです。さらにフランチャイズ加盟希望者には他のフランチャイズオーナーを回って話を聞き、感じたことをレポートしてもらったりもしました。それらを通じて、この人物は信頼できるかどうかということを見極めていたのです。


聞き手

すべてオープンにして包み隠さず見せ、それに対して価値観が合っているかを確認したということですね。


田村

創業期というのはバイイングパワーも出ていない時期でしたから、今とは比べ物にならないくらいフードコストが高く、収益力が少なかったですから。それをクリアするには、やはりフランチャイズオーナーのマインドに頼らざるを得なかったのです。


聞き手

まさしく先程の不屈ということを、フランチャイズの方も共有していたのですね。
そのように長期間にわたる事前の“教育”をされていたということは、一般的なフランチャイズよりも加盟希望者の合格率はかなり低かったのでは?


田村

1990年頃のピークには年間3000人ぐらいの応募がありましたが、お店を出せたのは既存のオーナーを含めて年間100店舗ぐらいでしたから、相当厳しかったです。しかし出店数を増やすことだけを追っていれば、モスというブランドは潰れていたかもしれません。


聞き手

しかし、当時は規模の拡大にやっきになる企業が多かった時代です。その中で大変勇気のある判断をなさっていましたね。


田村

当時ナンバー2の専務も拡大は無理しなくていいと、いつも言っていました。また、どれくらいフランチャイズを引っ張っていけるスタッフが本社にいるかという話もしていました。人の質の分だけしか、成長してはいけないということです。創業者が言っていたのは、一人の優秀なスーパーバイザーが育てば20店舗は出せる。逆にスーパーバイザーが育たなかったら出店しちゃいけない、ということでした。


共有したマインドが育むブランド

聞き手

御社には共栄会というフランチャイズオーナーの会があるそうですが、どのようなきっかけで設立をなさったのでしょうか?


田村

本来のフランチャイズのセオリーでは、加盟店の組織は作ろうとしません。本社への圧力手段になりますから。しかし本社とフランチャイズの理念がピッタリ一致しているなら、むしろ加盟店会を作って助け合った方がいい、たくさん情報が流れればいい、辛いことがあったら励まし合い、慰め合う環境を作りたい……そういうことで櫻田はあえて加盟店会を作ったのです。フランチャイズのオーナーさんからも、そのような組織の要望は出てきていました。もっと良いサービスをするために、他店の良い事例を紹介してくださいというような。


聞き手

みんなで協力して、盛り上げようという雰囲気だったのですね。


田村

本社との糸と、フランチャイズ同士の横の糸が繋がったわけです。


聞き手

運営は、オーナーの方々が地域で自発的に集まるのですか?


田村

そうです。北海道支部とか九州北支部といった支部形式になっていて、フランチャイズの中からリーダーシップのある方に支部長をやっていただいています。この会の活動の一つがHDC運動です。ホスピタリティ、デリシャス、クレンリネスの略で、これを各エリアで競い合います。2年に1回全国大会がありまして、去年も私は全国審査を担当しました。審査というと語弊を招きますが、お店にお邪魔してそのクオリティを認めて、褒めて、励ますということをします。



聞き手

それはすごい。それこそ「チームブランディング」の理想的な姿です。フランチャイズの皆さんが、自発的にモスバーガーというブランドのために頑張っているのですね。


田村

本部の方から必要性だけ言っても動きません。現場のスタッフの自発的な活動ならではの凄さがあります。目指す理念が一致しているからでしょう。この横の繋がりが、さらに自浄作用を生んでいます。もっと凄いのは、他店の掃除を手伝ったり、新しく店がオープンするときに全く無償で他の店からスタッフが応援に行くんです。これを私たちはFVCと呼んでいます。フランチャイズ・ボランタリー・チェーンです。


聞き手

直営店の組織ならまだしも、フランチャイズでこのようなことをやっている企業はあまり聞いたことがありませんね。


田村

最近、大手のコンビニチェーンで加盟店組織を作ろうとする動きもあるそうですが、たとえばすでに10,000店を超えたところから始めるとなった場合、なかなか難しいかもしれませんね。組織の器は作れますが、マインドを浸透させることは規模が大きくなるほど難しいものです。


聞き手

器を作って、魂をあとから入れても駄目ということですね。


田村

そうですね。櫻田が「俺はお金も無かったし、ノウハウも無かったから良かった。唯一の財産は本社やフランチャイズの人たちの心だった」とよく言っていました。もしお金があったり、ノウハウが自分の中にあったら仕組み一辺倒にいった可能性もありましたね。


後篇へ続く

※掲載の記事は2017年3月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。