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スペシャルインタビュー ブランド・リレーションシップの今 – 第一話 東洋大学 経営学部教授 久保田 進彦氏
東洋大学経営学部教授。
1988年明治学院大学経済学部卒業後、株式会社サンリオ勤務を経て、96年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。
2001年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得。
博士(商学)早稲田大学。
専門はマーケティング。主な研究テーマはリレーションシップ・マーケティング、ブランド・リレーションシップ。
日本商業学会、日本広告学会(理事)、日本消費者行動研究学会(理事)、商品開発・管理学会、American Marketing Association、Association for Consumer Research、The Academy of Marketing Scienceに所属。
2007年 日本商業学会学会賞(優秀論文賞)受賞、2011年 吉田秀雄記念事業財団 助成研究吉田秀雄賞 受賞。
マーケティングには理念が必要
サンリオにいらしたんですよね。どんなお仕事をされていたのですか。
そのころ、サンリオにはマーケティング部というのはなく、システム部門おりました。
CG(コンピューターグラフィックス)や、テーマパーク(サンリオピューロランド、大分ハーモニーランド)の開発の仕事をしていましたね。
また当時のサンリオは、部門横断的に仕事を進めることが多く、システム部門にいながら、販売促進計画などにもかかわったりしていました。
ずいぶんと色々なお仕事を経験されたのですね。
そうですね。繁忙期になると、銀座や渋谷で商品販売をしたり、越中島にあった倉庫で夜遅くまで出庫作業をしたりしました。
ゴールデンウィークやお盆には、デパートの特設コーナーで子供向けにビンゴ大会なんかもしましたよ(笑)。
サンリオを退職されてから、早稲田大学大学院に入られていますが、きっかけは何だったのですか。
マーケティングについて、もっと深く勉強したかったからです。
学部時代の専門もマーケティングだったのですが、やはり大学院で学ぶのとはレベルが違います。
学部では深い理論は学びませんよね。実務を知れば知るほど、理論を学びたくなりませんか?
ああ、なるほど。
そのためか、ぼくは実務家出身なのに、いわゆる「トレンドもの」には、そんなに興味がありません。
渋谷に新しい商業施設ができたといっても、「急いで見にいかなきゃ」とか思いませんし…
たぶん、僕は普通の主婦の感覚に近いんじゃないかなと思います(笑)。
近所で買い物をして、家でご飯を食べて、ときどき公園に行ったりする、そんな生活が好きですし、またそういった中で、消費者はどんなものが欲しくなるかを考えるのが好きです。
なんだか企業の人たちと、情報収集の仕方がまるで違いますね。
面白いですね。でもそうやって消費者の心理を知り、それを操作する方法を探っているとか… マーケティングというと、人間心理を研究した上でそれを操作するところがありますよね。
う?ん、それは間違いだと思います。極めて表面的な考え方だし、マーケティング・コンセプトを理解していないものだと思いますよ。
マーケティングの本質は、顧客自身が「買ってよかった」と思うものを創り提供することだと思います。
ですから顧客を操るという考え方は、マーケティング的ではないはずです。
もちろん巧みな計算は必要ですけど、買った後で後悔させちゃいけない。
アップルは、マーケティングもすごく上手ですけど、押し売りみたいなことはしないですよね。
表面的な部分にとらわれすぎず、本質を見る必要があると。
そう思います。いわゆる4Pのようなマーケティング・ミックスも大切ですが、根本的にどんな価値観を持っているかも、重要だと思います。
20年くらい前に出版された『ビジョナリー・カンパニー』(ジェームズ・C・コリンズ&ジェリー・I・ポラス)の中に、面白いことが書いてあります。
企業には確固たる価値観が必要だが、それは本当の価値観でなくてはならないということです。
本当の価値観かは簡単にチェックできます。
「もし状況が変わって、その価値観のために業績が落ち込むことがあっても、それを守り抜こうとするか」という問いに、心から「イエス」と答えられなければ、本当の価値観ではないはずです。
長期間にわたって、消費者に魅力的に感じられるには、マーケティング活動の根底に、このような強い価値観や理念が必要だと思います。
消費者には「つじつまの合わないブランド」に思えてくるからです。
なるほど。しかし実際には、無理矢理に「理念らしきもの」を取ってつけたようなケースも多いですよね。
そうですね。でも、たいがいそれは、消費者に見透かされてしまう。
言葉やデザインで表面的に取り繕うのは簡単ですけど、消費者は本質を見抜いています。
優れた経営者やマーケターには、そのことに気づいている方が多いのではないでしょうか。

現在、大学で教鞭を取られていますが、教える側に立つという意識はいつ頃芽生えたのですか。
人の役に立つ仕事をしたいという思いがずっとありました。
世の中の人に喜んでもらってお金をもらえる仕事に就きたいなと。
小説家とか音楽家とかも考えたんですけど(笑)。
どちらも自分には才能がないのが分かりました。
でも教員ならできるかなと思ったんです。
あまり苦労もなく楽しみながら大学教授に?
いや、それなりに一生懸命頑張りましたよ。ずいぶん苦労もしました(笑)。
久保田さんをみてると、肩の力を抜いた生き方のように思えるのですが。
いやいや、これでも結構、頑張ってるんですけど(笑)。
ただ、僕の理想として、「趣味は何ですか?」と聞かれて「生活です」と答えられるようになりたいと思っているんです。
着飾った生活ではなくて、朝起きて、普通にご飯を食べて、まじめに仕事をする。
だけど、今日は家族と昼食をとりたいなと思ったら、仕事をやめて家に帰れる… そんな生活が理想的だと。
ところが実際に大学教員になってみると、かなりハードな仕事で、理想とはほど遠いということがわかったんですけどね(笑)。

大学の先生は忙しいですか?
部下も秘書も同僚もいない環境で、90分間の単独プレゼンを年に100パターン以上やるのって、結構大変なんですよ(笑)。
しかも授業以外に、学内の事務仕事や、本業の研究もある!
そうそう。
リレーションシップ・マーケティングとブランド・リレーションシップ
ブランド・リレーションシップの研究はどれくらい前からやられているのですか。
4、5年前ですね。2009年から2年間にわたって、吉田秀雄記念事業財団から助成をいただくことができ、研究がとても進みました。
なるほど、それをきっかけにして深掘りしていったわけですね。
はい。吉田秀雄記念事業財団には研究成果も評価していただき、とても感謝しています。
ブランド・リレーションシップの研究の前は?
その前は、リレーションシップ・マーケティングを研究していました。
顧客と良好な関係を築くことで、長期間に渡って価値ある取引を継続しようとするマーケティングですね。
リレーションシップ・マーケティング研究は、どちらかというとBtoB(企業間取引)に焦点を合わせたものが多いのですが、実はそのなかには、消費者とブランドの関係に応用できるものもあるなと感じ、ブランド・リレーションシップの研究へと展開していったわけです。
リレーションシップ・マーケティングは、ダイレクト・マーケティングでも使われていますよね。
実はダイレクト・マーケティングには、あまり理論的なものがないんですよ。
学術的にいえば、リレーションシップ・マーケティングには3つほど源流があります。
1つ目はサービス・マーケティングです。
ホテルや小売業の接客に着目して研究が進んできました。
2つ目はビジネス・マーケティングです。
サプライヤー(部品供給業者)とアッセンブラー(製造業者)との関係や、営業担当者同士の関係などについて研究が行われてきました。
3つ目は、マーケティング・チャネル(流通経路)で、メーカーと卸売業者や、卸売業者と小売り業者の関係などです。
これらはいずれも1回限りの取引ではなく、長い付き合いの関係ですよね。
またそこにはいずれも対人的な相互作用があります。
ただし長い付き合いが生じるメカニズムは必ずしも同じでないから、それぞれの領域が、ある程度独自するかたちで研究が進んできました。
僕はそれを、できるだけ統合しようと試みてきました。
なるほど、よく分かりました。こうやってうかがうと、リレーションシップ・マーケティングとブランド・リレーションシップは、同じ「リレーションシップ」でもずいぶん違いますね。
ええ。さきほど申し上げたように、根本的な心理メカニズムには関連する部分も少しあるのですが、研究の枠組みや方法などは、まったく別物といっていいと思います。
するとリレーションシップ・マーケティングからブランド・リレーションシップへは、大きな方向転換だったわけですね。
そうかもしれませんね。

絆を測ることが大切
ブランド・リレーションシップというのは昔からある考えなのですか?
ブランド・リレーションシップという言葉が広まったのは、1990年代後半にスーザン・フルニエ(Susan Fournier)という研究者の書いた論文が、『ジャーナル・オブ・コンシュマー・リサーチ』(Journal of Consumer Research)というアメリカのトップジャーナルに掲載されたのがきっかけだと思います。
ブランド・リレーションシップとは消費者とブランドとの間の心理的な結びつきのことです。
それを「愛」という人もいれば、「愛着」という人もいますし、「同一化」と考える人もいます。
もちろん、現象としてのブランド・リレーションシップは、昔からあるものです。
僕はかつてサンリオにいましたが、そのころからサンリオの顧客には、根強い「サンリオファン」がいました。
また僕は1980年代からマックを使っていたのですが、いわゆる「マック・ファン」といわれる人たちも、当時からたくさんいました。
ブランド・リレーションシップという言葉はありませんでしたが、現象としてのブランド・リレーションシップは存在していたわけですね。
ブランドと顧客との関係は実存したが、理論化はされていなかったのですね。
そうだと思います。もちろん先駆的な研究はあったのですが、多くの研究者が取り組むほどにはなっていませんでした。
ブランド・リレーションシップのポイントをお話しいただけますか。
いろいろなポイントがありますけど、最も基本となるのは「どうやって測るか」ということだと思います。
去年、東日本大震災があって、「絆」という言葉がよく使われましたが、それはすごく曖昧としたものだし、あやふやな概念でしたよね。
経営学では「測定できないものは管理できない」と言いますが、測ることができなければマネジメントできないわけです。
ときどき「絆づくりマーケティング」なんて言葉を耳にします。
でもそのほとんどは、絆の測り方について説明していない。
これはおかしいと思いませんか?
「絆をつくる」まえに「絆を測る」ことができなければ、絶対実現しないはずです。
だって、測れないものはマネジメントできないのですから。
ブランドとの絆を魔法の世界のものにしないためには、まず「どうやって測るのか」を解明することがポイントになってきます。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。
