知識を深める
専門家寄稿記事 『ブランド戦略論』の読み方

ブランド戦略論の目指すもの
2017年12月に拙著『ブランド戦略論』を有斐閣から上梓した。今回の連載では、拙著を取り上げ、この本で何を目指そうとしたのか、またどのような内容で、どのように読めばよいかを記したいと思う。
私がブランドの本を最初に構想したのはかなり以前、90年代にさかのぼる。2002年に講談社現代新書として『企業を高めるブランド戦略』を出したが、この本のコンテンツは今回の本のコンテンツと全く異なっているわけではない。もちろん同じでもない。講談社現代新書で展開した内容は根本では今回の本に反映されているが、今から考えればまだ不十分であった。
そもそもなぜ私はブランドについて書こうと思ったのか。1990年代はじめ、私はブランド・エクィティがアメリカで問題になっていることを知った。そのころ、私は広告会社で外資系企業のマーケティング作業を担当していた。ネスレやユニリーバ、アメリカンエクスプレスと言った名だたるグローバル企業では、ブランドという考え方が非常に重視されていた。ブランドを考えてマーケティングを行うことが優先事項であったのだ。
それに比較して日本企業でブランドを重視するなどということは聞いたこともなかった。「売ることがすべてだ」と日本企業では信じられており、そのころ一番人気があったマーケティング手段とはプロモーションであった。外資系企業と日本企業との間には大きなギャップがあったのだ。
そのころ私が所属していた電通社内で、私が信頼していた先輩の一人は「ブランドについてやりはじめたら大変なことになる」と発言していたことを今でも覚えている。ブランドはマーケティングで大きな問題としてあるだろうと一部の慧眼のマーケターは考えていたもののどのように取り組めばよいのか、まったく手掛かりもつかめなかった。ブランドについて考える手掛かりとなったのは、デービッド・アーカー先生の著書が訳され、ブランド・エクィティという用語が一般化した90年代半ば以降のことである。
ブランド戦略論の構成
序文で私は「ブランドの完全な体系をつくりたい」というある意味、ありえないような構想を記している。それができているとは私自身も思っていないが、本書の根底にそのような考え方があったことは確かである。
今回の『ブランド戦略論』は全体を4つの部に分けている。
第Ⅰ部は理論篇である。第1章ではブランドとはどのようなものか、という議論から始めて、ブランドはどのような成分で構成されているかを考察した。次に、2章では、ブランドは人間の交換行動においてどのような働きをなしているかを論じた。さらに、3章でブランドがどのような源泉のもとに発生してきたか、つまりブランドとイノベーションの関係について考察した。そして、4章「ブランド史の構造」では、ブランドの歴史を「構造」として把握し、ブランドがどのような社会的・経済的コンテキストのもとに発展してきたかを検証している。
第Ⅰ部 では、ブランドと交換という根底的な議論がなされていることに注意していただきたい。交換の困難があるからこそ、ブランドがその解決として機能するのである。
第Ⅱ部は戦略編で、ブランド構築のプロセスを大きく、経営・マーケティング・コミュニケーションの3つのレベルに分け、それぞれのレベルごとになすべきタスクと課題とをプログラムという形で記述している。この部はブランド構築をできるだけプログラム化して、それぞれのステップでなすべきことを具体的に論述している。
第 III 部実務篇では、企業ブランド、ブランド拡張、グローバルブランドの3つのテーマについてアカデミズムの視点と実践的視点とを合せて論述する。さらに、実務的に役立つかもしれないテーマを取り上げて、エッセイとしてまとめている。
第 IV 部事例篇では、事例を30ケースそろえて、業界別にまとめ、実際の企業においてはどのような考え方や経緯のもとに、ブランド戦略が展開されているかを追体験できるように配慮している。この IV 部の事例のほとんどは、著者がある企業の社内誌のためにマーケティングの成功事例として取材し執筆したものである。理論篇で明らかにしたように、ブランド戦略を考えるためには、経営戦略を始めとして企業のマネジメント全体を考える必要がある。企業全体の動きのなかでブランドを考えることは必ず必要な作業である。
起源の忘却とは
今回の拙著の中で、もっとも重要なキーワードのひとつが「起源の忘却」である。その概念によって私は何を言おうとしたのか。それはブランドは、技術力や商品力と言った「実質」をもっていると同時に、内実をもたない空疎な「イメージ」でもあることを示そうとしたのである。なぜそのような一見矛盾したことが言えるのか。それはブランドの成立に時間的な経過を取り入れてみようとしているからである。
私は、近代的なブランドは「イノベーション」によって成立すると考えている。技術やマーケティング的な革新によって新しい商品が生まれ、ブランドになっていく。しかし、実際には、ブランドがブランドとして社会や市場に浸透していくのは、そのイノベーションが「忘れられた」ときなのだ。つまり、イノベーションがブランドに進化するためには別のメカニズムが必要となり、それが「起源の忘却」なのだ。
「起源の忘却」とは、ブランドがもともと持っていたイノベーションの意味が忘れられ、その名前だけが消費者の記憶に残り、社会的に名前だけが流布し、さらにブランドが広告などのメッセージによって新しい顧客知覚を得る、という事態のことだ。
つまりブランドがブランドとして成立するためには、ブランドの起こしたイノベーションそれ自体がいったん忘れられ、広告などのコミュニケーションによって新しい意味が付与され、ブランドの名前が有名になることが求められる。
例えば、マクドナルドは世界的に知られたブランドである。しかし、マクドナルドがどのようなイノベーションを起こしたかを多くの消費者は知らない。マクドナルドは1940年代にマクドナルド兄弟によってその画期的な製造とサービスのシステムが考案され、50年代になってレイ・クロックがその価値を見出しフランチャイズ制度によって世界に広まった…こうした事実は消費者にとって関係ない。
マクドナルドが今日マクドナルドになったのは、その後キャラクターや店舗デザインによって消費者に浸透し、ファミリー向けのブランドとして自らを確立するに至ってからである。現在我々が想起するマクドナルドブランドとは、後年になって形成された連想の束だということになる。
拙著『ブランド戦略論』は理論から実践に至る幅広い議論が集約され、まとまった形で提示されている。実務家には自分が気になる点や興味関心に沿ってきままに読み進めていただくことを期待したい。
