知識を深める
専門家寄稿記事 ブランド・マネージャーの付加価値って何だろう?

マーケティングの仕事をしていて一番面白いのは何かと聞れたら、やはり「売上を上げること」と答えます。それも組織の販売力やA&P(Advertising & Promotion:マーケティング費用)の大きさに依らない「戦略のチカラ」によって売上を作るのが醍醐味です。ちょっと尊大かもしれませんが。笑
しかしこれは言うほど簡単ではないし、僕も成功よりも失敗の回数のほうが断然多い。間違いや誤算はいつまでたっても付き纏うもので、ここがマーケティングの奥深さでもあります。おそらく一生かかる研鑽かもしれません。そうした実質的な試行錯誤を繰り返しながらも時々ある「ささやかな成功」の味が忘れられなくて、この仕事に打ち込んでいるようです。
考えてみれば、僕が30歳の時に、味の素ゼネラルフーヅ(AGF)からマキシアム・ジャパンというあまり知られていない外資に転職したのも、戦略でどれほど成果を出せるか「腕試し」をしたくなったからです。AGFでは成果も出たし勉強にもなったけれど、「これは僕のチカラではなく組織力の結果なのだ」と薄々気づいていました。多分、僕が担当者じゃなくても売れていただろう。すると僕のブランド・マネージャーとしての付加価値って一体、何だろうか。
マキシアム・ジャパンはある意味、AGFと真逆のマーケティング環境でした。まず酒類業界のなかでは弱小の存在。営業マンも20人ほどしかおらず、A&Pも雀の涙ほどでした。そんな状態であれば、売上を上げる拠り所は戦略のチカラしかありません。僕はない知恵を絞りながら、一生懸命に取り組んだと思います。
パイパーエドシックの話

マキシアム・ジャパンではシャンパン「パイパーエドシック」を担当しました。これは全くもって無名同然のブランドでした。クリスマスシーズンになると、消費者や飲食店はモエやドンペリ、ヴーヴ・クリコやポメリーといった有名なブランドを買いたがるものの、僕の担当ブランドには「目もくれず」という状況でした。
当時、営業からは「もっと認知度を上げる活動をしてくれ」「もっとバーやレストランをサポートするPOSM(Point of sales materials:販促品)を用意してくれ」と、いろんな要望をもらっていたけれど、売上がないのだから当然、使えるA&Pもなく、営業を十分にサポートなどできるものではありませんでした。
一方、僕が考えたのは「シャンパン市場では既に決着がついていて、いまさらトップ・ブランドの一角に食い込むのは難しい」ということです。そこでレギュラーボトルの販促などすべて止めて、「代わりにエアラインサイズにフォーカスする」という戦略を打ち出しました。エアラインサイズというのは200mlのミニ・ボトルに入ったシャンパンです。飛行機のビジネスクラスに乗ると出てくるサイズだったので、そう呼ばれています。
優れた戦略は理解されないことが多い
「エアラインサイズだって?」当時、社内ではこれを理解できる人は、ほとんどいませんでした。当たり前です。それまで考えたこともないような戦略というのは、結果を出すまで理解されない(支持されない)ことが多い。マキシアム・ジャパンのように現場経験が長い営業マネージャーが多い職場なら尚更で、社内説得も含めて苦労するものです。この時も「そうじゃなくて、レギュラーサイズをどう売るかを考えるのがお前の仕事だ」と言われました。しかし僕には考えがありました。「別に飛行機での売上を上げようなんて思っていない。この200mlというかわいらしいボトルと買いやすい値段を持ってして、街のカフェやバールでシャンパンをもっと売るのだ」というのが戦略でした。
僕はこのエアラインサイズに「ベビーシャンパン」というカテゴリー名をつけて売り出しました。結果は、ものすごく売れたのです。そしてパイパーエドシックという呼びにくく覚えにくいブランド名を「ピパリーノ」という、「パイパー」をイタリアの女の子っぽい響きに変えたニックネームで呼ぶようにしました。外資系でグローバルに扱うブランド名をローカル市場向けにネーミングを変えるというのは難しいけれど、消費者が勝手に呼んでいるニックネームなら海外本社も何も言いません。僕は若い女性にウケるように、そして覚えやすく認知を高めやすいようにしました。
ピパリーノは若い女性のちょっとしたトレンドになりました。彼女たちはシャンパンが大好きだけれど、高価なうえに特別感のあるお酒なのでなかなか手が出せずにいました。それが飲み切りサイズと手頃な価格で登場したので飛びついてくれたのです。我がパイパーエドシックはシャンパン全体では振るいませんでしたが、ベビーシャンパン市場ではトップ・ブランドになりました。(パイパーエドシックのリポジショニング戦略の詳しい内容は僕の最初の著作「ブランド・マネージャー(経済界)」で紹介しています。)
僕が思うに、「本当に良い戦略というのは、一見、ばかばかしいように見える」という特徴を持っています。それは社内だけでなく競合にとっても同じ。理解できないというか、あまりに常識に反しているので「誰も相手にしない」。または「痛いことをやっているよ、あのブランド」と映るようです。しかしここが本当は「戦略らしい戦略」たる理由です。他人からみて「なるほど、そういうことか」と一発で理解されてしまったり、または「当然、そういう行動を取るよな」と予測されてしまうようでは戦略とはいえません。戦略とは社内や競合の意表を突いてバカにされたり、少なくとも無視されたりするのが優れたものだと思います。ましてやパイパーエドシックのように認知もなくシェアも小さい、下位ブランドなら尚更なのです。
結論。ブランド・マネージャーの付加価値とは?
ずばり、バカ騒ぎを社内に持ち込むことじゃないでしょうか。ごめんなさい、これはあくまでも僕の価値観です。世の中には「管理」「ルール」というようなカタい言葉が好きなブランド・マネージャーもいるし否定はしません。しかし僕の経験では「ブランド・マネージャーはお祭り好きくらいでちょうど良い」。サラリーマンとしてその役職についていようと、本質は商人(マーケター)であること。そして商売の基本は「声だし」に見られるように元気で明るいことだからそんなに間違っていないと思います。パイパーエドシックのような「しょうもないブランド」を前に、そのブランディングやマーケティングをお祭り騒ぎ、バカ騒ぎにしてしまえることが付加価値じゃないかと思います。そのブランド・マネージャーが製品を担当するようになったことで、明らかにブランドの勢いが変わったねと言われるくらいなら合格です。結果、社内の求心力が高まり、ブランドの社内プレゼンスが高まり、経営者や関係者のモチベーションや勢いも高まり、最終的に売上に貢献するのです。
