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専門家寄稿記事 BtoBブランディングはBtoCとどう異なるか
私が個人的に受ける質問で、もっとも多い質問のひとつがBtoBブランディングはどのように行うのか?というものです。この質問はもっともなことで、世間にはBtoB企業のほうが、BtoC企業よりも数では圧倒的に多い。東証に上場している企業のリストを見ると、ふだんあまりなじみのない中間財や部品メーカーの企業名が多いのはこのためです。
しかも一見するとBtoCと思われている企業であっても、実はBtoBtoCという取引形態をとっている企業が多いのです。
パッケージ商品を扱っているメーカーは、いったん流通企業に商品をゆだねて(BtoB)、最終的に消費者に購買してもらう(BtoC)ことになります。この意味で、BtoC企業は特殊な企業資源を必要とするタイプです。本来のBtoCとはD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)を実践している数少ない企業なのかもしれません。
BtoB企業でもブランドが必要であることは疑いありません。財閥グループの中で同じグループ同士で取引するようなケースや、一社だけと長年付き合っているような企業はさておき、顧客の自由な選択がある市場においては必ずブランドが必要になるからです。ただし、BtoBブランディングについて考えるとき、いくつか前提として考えておかなければいけないことがあります。それはBtoB取引の特徴についてです。
本記事では、ブランディングという用語を、ブランド価値を高める活動と理解して以下、話を進めます。(ブランド価値を高める意味は、拙著『ブランド戦略論』(有斐閣、2017)p.15を参照)
第一点は【社会・業界内の評判】です。BtoB取引の開始や継続には、取引相手の業界内や社会での評判が大きく影響してきます。ここでいう評判とは、ある集団において個人が知覚する他者のその企業への評価のことです。つまり、「私」がXという企業は、業界の人からその技術を高く評価されているな、と感じたら、それがX社の評判なのです。
大口のBtoB取引では長期にわたって取引を行い、取引金額も多額になることが一般的ですので、事前に相手先企業の評判や評価を得ておくことは重要です。また、限られた数の需要家が顧客になりますので、こうした限られた客がどのような客であれば付き合いたいと思うのか、こうした顧客の傾向に根差したブランド戦略が必要となります。
興味深い例として、プラント事業会社や建設請負業者を顧客とする横河電機が、“Vigilance”(見張り番)をメッセージとした企業ブランドコミュニケーションを展開した例が挙げられます(『ブランド戦略論』p.476参照)。横河電機はこうしたコミュニケーションで、海外の顧客がもっていた「つきあいにくい相手」という同社の評判を変えようとしたのです。
第二点は【BtoBとBtoCの区分】です。このふたつの区分は、実は明確ではありません。ビジネス財で、オフィス機器や名刺管理サービスの広告をよくみかけますが、こうした商品やサービスは、より幅広いビジネスパーソンに訴求する必要があるため、BtoCマーケティングの考え方に近いのです。つまりBtoCとBtoBとの区分は、財の性質というよりも、顧客数の規模によって異なるということです。
名刺管理アプリであるSansanは、BtoB財でありながら、一般のビジネスパーソンに訴求して、ユーザー基盤を広げるため、ユーモアにあふれる動画広告を制作して、テレビやタクシー広告で展開を行っています。このリーチを広げるアプローチはBtoCのアプローチと同じです。
第三点は【顧客の深いニーズ対応】です。BtoB取引の顧客層は多くの場合、BtoCよりも一商品あたりの顧客数は少数であり、かつ、より細分化され、またより深いニーズをもっていることが多いと言えるでしょう。つまりBtoBの顧客は、問題解決のために、独特のニーズや動機をもっています。
美容院向けにサロン用ヘアケア剤を提供しているミルボンは高い成長率を誇っています。同社は一部の優秀な美容師がもっているノウハウを分析、研究してそのノウハウを反映した製品を開発して成功しています。ヒット商品「ディーセス ノイ ドゥーエ」は、一部の美容師がもっていた髪のコンディションに合わせて施術できる技術に基づいて開発されたヘアケア剤です。このため一般の美容師さんでもベテランのもつ技を体現できることになります。結果として主要顧客である美容師たちにミルボンは支持を勝ち得ているのです。
この例にみられるよう、BtoBの財の場合は、ユーザー顧客もプロであることが多いために、ユーザーの考え方を製品に反映させること自体がブランディングなのです(『ブランド戦略論』p.416参照)。
第四点として【マーケティング活動の自由度の低さ】があります。BtoB企業が扱う財は法令・規則・規格によってその性能やデザインがあらかじめ決められていることが多いのです。スイッチボックスなどの電設資材はその性能やデザインがJIS規格できっちり決められており、個別の会社の自由度は少なく、この場合の典型例と言えます。こうした財の場合、通常はとりあえずルールを遵守することが優先され、性能やパッケージや広告を自由にデザインすることは困難になります。こうした状況下でBtoBブランディングを実践するためには、その企業の自由な発想をブランド活動のどこに取り入れるか、創造的な対応が求められます。
電設資材メーカーである未来工業は、電気工事業者のユーザーエクスペリエンスを高めるため、電線の結節点がよくわかるように「透明ジョイントボックス」を販売しています。ジョイントボックスのカラーは従来グレーしかありませんでした。しかし同社のスタッフは、規格ではジョイントボックスに色の規定がないことに気づき、透明にすることによって、ユーザーである電気工事者がすぐに中の電線の状態をわかるようにし、ユーザーのブランドへの支持を勝ち得ました。
第五点は【目標設定が異なる】ことです。BtoBのブランド戦略の目標設定は、BtoCとはその中身が異なることが多いのです。BtoCのブランド戦略では、市場での知名度の向上は第一義的に重要なブランディング活動で、店頭に商品が陳列されているならば、知名度や連想が高い場合、より購買されやすくなり、ブランディングの目的は達成されることになります。
BtoBのブランディング活動では、社会貢献を通じて会社名の知名度を高めるという目的もあれば、リクルート活動に役立てたいという目標もあります。またオープン・イノベーションの実現を狙って、潜在的に提携の可能性のある企業に、知名度や良い印象をもってもらう目標もありえます。
JSR(旧 日本合成ゴム)は、従来タイヤ会社が取引相手であったのですが、事業を拡張するために、半導体材料やLCD材料などの事業会社を顧客として勝ち取る必要が出てきました。そのとき、大学や製薬メーカーと共同で論文を発表することがブランディングのひとつの方法なのです。なぜならば他社の技術者がその論文にアクセスして、JSRの技術力に気づき、これが事業のコラボを開始できるきっかけとなります。これがオープン・イノベーション、つまり、外部プレイヤーとの協働によるイノベーションの創造につながるのです。
このように考えてくると、BtoBブランディングの在り方は、企業と商品・サービスによってかなり異なることが容易に予想できます。重要なことは、第五点目の特徴として挙げた、BtoBブランドの目標設定です。その企業が置かれた状況や顧客の在り方によって、ブランディングの戦略デザインが異なってくるのです。つまり、何のためにブランディングを行うのか、その目的を明確にして、どのような方法であればその目標が達成できるかを考えることが重要なのです。
「売上を上げることがBtoBブランディングの目標だ」というような短絡的な考え方では、BtoBブランド戦略を正しく導くことはできません。売上を高めるために、ブランドをどう活用するのか、さらに、ブランドの顧客における知覚をどう変えていくかが問題だからです。
参照資料
田中洋(2017)『ブランド戦略論』有斐閣
「強みを活かせる領域にフォーカスしオープン・イノベーションで事業強化を目指す」ナインシグマ (2013/12/4)
https://ninesigma.co.jp/news/talks-vol11/
