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専門家寄稿記事 企業組織におけるブランディングと販促活動の関係
私は1985年から2016年までの31年間トヨタ自動車で勤務したが、その過半を宣伝関係の部署で過ごし、退社前の約4年間はレクサスのブランディング活動を担当する部署の責任者を務めました。
実務組織の中で宣伝やブランディングを担当することは常に営業部隊との戦いが避けられません。私と同様の仕事をしている方々もほぼ同じような意見でしょう。
マーケティングの究極の目的は「セリングの努力を不要にすること」といわれます。確かにマーケティングの4Pが見事に組み上げられた時、営業努力をせずとも商品・サービスが売れていくようなことは起こり得ます。
発売当時のiPhoneなどはそれに該当するかもしれません。ただし、そのようなことは極めて稀であり、実際には両者が補完しあいながら企業活動を支えているのが実態であり、マーケティングとセリングは経営の両輪といわれる所以です。
そして、ブランディングがマーケティングの目的を達成する一手段であり、販促活動が営業部隊の支援手段であるとすれば、ブランディングと販促活動についても、「手段の両輪」であるといえるでしょう。
ブランディングを担当する部署は宣伝部が多いが、ブランド専門の部署を持つ会社もあるでしょう。そして販促活動を主導するのは営業部門であり、時として宣伝機能も傘下に置いて短期的な販売促進を優先したコミュニケーションを重視します。
しかし前述の通り、実際の企業活動においては、この両輪は必ずしも「いい関係」ではないことが多い。その対立構造の背景には、「視座の違い」があると考えられます。総じていえばブランド担当者の視座はPhilosophicalであり、営業担当者の視座はTechnicalです。
私自身は若干の期間営業部門に籍を置いた経験もあり、その経験から感じたことを古典的ではありますが、マーケティングの4Pを使って整理してみました。
①Product
ブランディング担当者にとって商品は4Pの中核であり、「普遍的なもの」だと考えられます。販売の動向に応じて商品の特性を頻繁に変えることはブランド自体の敗北を認めることにもなるからです。
一方、販促視点で考えると、顧客や流通の意見に即座に対応し、時には話題喚起のために「今だけの限定品」のような商品を導入することで、販売現場の後押しをしたくなる特性があります。
②Price
ブランディング担当者には「価格は価値の表示である」と考える人間が多い。必要以上に安い価格をつけたり、頻繁にバーゲンセールを行うようなことはブランドの価値を下げ、中長期的な利益を損なうと考えます。
しかし営業現場からすれば、価格政策は最大のセールスプロモーション手段であり、月度の営業目標を達成するためには絶対に手放したくない権益です。
③Place
流通の現場は主に販促担当者の領域です。流通業者を相手に有利な棚割りを獲得する活動は極めて重要であり、値引き、POP、時には広告投下量も総動員して流通業者を説得し、より有利な「売り場」を獲得することに注力します。
一部のブランディング担当者はこの種の流通対策を冷ややかに見る傾向があります。彼らにとって流通現場は「売り場」ではなく、顧客が自社のブランドに触れる「買い場」であると主張します。この考え方は専売店舗を持つ商品(高級ブランド、自動車)のブランド担当者により強い傾向があります。
④Promotion
ここでいうPromotionは主に顧客へのコミュニケーションの意味です。そしてブランド担当者にとってのコミュニケーションとは「価値の伝達」ということでしょう。
一方、販促視点で見たコミュニケーションは購買意欲の喚起のことです。インパクトの強い表現やビジュアルで一刻も早く購買行動に移ってもらいたいと考えるからです。
ブランディングがロイヤリティの高い顧客を蓄積して中長期的な利益拡大を重視するのに対し、販促活動は月度の販売数量を維持、向上させることで企業のモメンタムを維持し、生産現場の安定、原価低減にも貢献します。両者の「視座」のどちらかだけが正しいというわけではありません。
ただし、総じていえば営業部門の意見が強いのが日本企業の特徴のように思われます。最近はCMO(Chief Marketing Officer)やCBO(Chief Branding Officer)という役職を設置する企業も増えましたが、依然として営業担当役員のほうが社内的に強い立場にあることが多いでしょう。先般ネスレ日本の社長を退任された高岡浩三氏のように両方の分野で豊富な経験を持ち、ブランディングと販促を見事に両立させた例は少数派のように思えます。
私自身は、前職のトヨタ自動車勤務時代にP&Gの元GMOであるJim Stengel氏を招聘し、半年間にわたって世界各国のマーケティング担当者への研修活動を実施したことがありますが、Stengel氏からも日本企業について同様の指摘をいただきました。
私自身が2012年からレクサスのブランディングを担当した際には、営業部門の傘下にあったブランディングと広告宣伝機能を担当役員も含めて分離独立させてもらいました。手前味噌ではありますが、その後の4年間でレクサスのブランド・イメージは大きく改善し、弱点であった30代、40代の顧客獲得を含めて販売台数増を達成することができました。
今後の日本企業のあり方を考えると、良品廉価の大量販売だけではなく、より高付加価値方向への転換が必要になるでしょう。そのためには、企業組織においてもブランド視点の強化が重要になってくるはずです。
