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専門家寄稿記事 デジタル時代のブランド戦略 その2
1.デジタル時代とは
デジタル化が進む時代とはどのような時代なのでしょうか。
デジタル時代にブランドはどのようなコミュニケーションを行ったらよいのでしょうか。
新型コロナ感染症が世界的に広まった2020年4月にマイクロソフト社のサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)は決算資料で「2年分のデジタル変革が2カ月で起きた」と述べました。
(「マイクロソフトCEO「2年分の変革が2カ月で」 株価、時間外で上昇」2020)
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL30H43_Q0A430C2000000/
私たちは、2020年代に入ってデジタル化がさらに加速化された社会経済のコンテキストにいることになります。
デロイトトーマツ社の試算によれば、今回の新型コロナウイルスに関する情報伝達力は、20世紀初頭のスペイン風邪当時と比較して、150万倍に及ぶと言われています。
(「1世紀で150万倍に増大した情報伝達力~情報の急速な伝染「インフォデミック」とは」)
つまり、インターネットなどによって情報伝達力は近年急激に上昇しました。
デロイトトーマツ社の分析のように、より多くの受信者に、より効率的に、より多くの情報を、より詳細に伝えることができるようになったことを示しています。
こうした事象はデジタル時代の社会と企業のありようを象徴的に示しています。
つまりデジタル時代とは情報が大量にすばやく的確に到達し、社会に浸透していくことがひとつの本質なのです。こういった時代にブランドはどうすればよいのでしょうか。
2.情報過剰消費者
現代は供給される情報量が過剰である、情報過多、情報爆発の時代であるとよく指摘されます。流通する情報量が多すぎて、処理しきれない、あるいは、どれが正しい情報かわからない、と消費者は悩んでいるのだ、と考えられがちです。本当にそうなのでしょうか。
情報過剰について早い時期から研究を行ったのは、スタンレー・ミルグラム氏(Stanley Milgram)です。
ミルグラムは社会心理学者として今日では、「権威への服従実験(ミルグラム実験)」(1963)や、「スモールワールド現象」(1967)などの業績で社会的にもよく知られています。
ミルグラム実験では、普通の人間がいかに残酷になれるかを実験によって示しました。またスモールワールド現象では、ある人が、まったく知らない人とコンタクトするために、6人を介すれば到達することができる、という実験結果を示し、人々を驚かせました。
ミルグラム氏はこのように多彩な方面で業績を残しましたが、情報過剰についても関心をもっていました。
特に彼が関心を示したのは、都会における無関心さです。地方に比べると都会の人は冷たいとか、親切でない、ということはよく言われます。ミルグラム氏は、ニューヨークで起こった女性が被害者になった殺人事件を調べました。
その事件では、街中で30分にわたって女性が刺殺されるという事態が起きました。しかし38人もの人が自分のアパートからその事件を目撃していたにも関かかわらず、誰も警察に通報しなかったのです。
ミルグラム氏は、都会人は環境から来る情報過多のため、次のような行動をとるようになると考えました。
自分の役割を限られたものしか引き受けられない、他人と関わらないといった都会の人付き合いルールの変化、非日常的な出来事への無反応や他者からの依頼を選択するなどの、認知プロセスの変化、などです。
つまり、情報過多に悩む人間は、有り余る情報をやり過ごし、自分が処理できる情報のみと付き合っていくことを意味しています。
また、消費者行動研究者でさまざまな業績を上げたJ.ジャコビー氏(Jacob Jacoby)は、1974年の実験で、消費者はブランド選択に際して情報量が増大すると、自分の選択への満足が高まり、選択の確からしさが増し、混乱することが減るというベネフィットもあるとしました。
しかしその一方で、自分にとってのベストなブランドを選択することができなくなり、機能不全に陥るという興味深い結論を得ました。
情報量の増大は、消費者にとってプラスの効果とマイナスの効果との両方があることになります。
3.情報過剰は本当か
では、情報過剰という現象をどう捉えたらよいのでしょうか。
現代社会が情報過剰であるという「証拠」としてよく見かけるのが、情報通信政策研究所が調査している「情報流通インデックス」のデータです。
平成21年度に調査された結果によると、平成13年度の流通情報量と消費情報量をそれぞれ100とすると、平成21年度には流通情報量が199に達していたのに対して、消費情報量は109にとどまっているのです。これだけの結果を見ると、「私たちはますます情報過多になり、大量の情報を処理しきれなくなっている」と考えがちです。またその原因はインターネットに違いない、とも考えてしまいます。
確かに同じ調査で、インターネットの情報量の伸び自体は、電話・放送・郵便・出版などよりも高いことは事実です。
しかしながら、「情報流通インデックス」の流通情報量のほとんど、98.5%を占めているのは、なんと放送なのです。インターネットの流通情報量はわずか0.8%に過ぎません。
なぜこのような結果になってしまったのでしょうか。
情報流通インデックスの考え方に基づいて流通する情報量を計算したところ、地上波、ケーブル、衛星などのテレビ放送はすべて動画であり、情報量が格段に大きいのです。
ここでは、現代は情報過剰ではない、ということが言いたいわけではありません。情報過剰の中身を見てみると、情報流通インデックス調査にあったように、動画や画像、音声のように、文字ではない情報量で格段に大きい通信手段が私たちの身の回りで増大しています。
そして、これら増大した情報量は私たちにとって邪魔になっているというよりは、むしろ動画で見ることですぐ内容が理解できる、といった別のメリットをもたらしていることがわかるはずです。
インターネットで近年動画サイトや動画視聴が増大していることは我々が実感しているところです。こうした意味での「情報爆発」は、別段私たちに不自由を即座にはもたらさず、むしろ私たちを楽しませたり、情報処理を楽にしている側面がかなりあると考えられるのです。
4.マーケターの対応
ここまで考えてくると、私たちの社会が単純に情報過剰だから、消費者にブランド情報が届きにくくなっていると単純には結論できないと言えるでしょう。
考えてみれば、インターネットでは情報検索機能を私たちはいつも使っていますし、まとめサイトや、キュレーションといった情報を縮約する試みもよく行われています。消費者にとって、その気になれば自分の買い物情報を入手することは、以前よりもはるかに手早く、より質の高い情報を手に入れることができるようになったわけです。
ジャコビー氏が研究で示したように、消費者は情報が増大することを一般的に悩んでばかりいるわけではありません。むしろ情報が増えたから確かな選択ができる、と考えながら、同時に、自分が理想とするブランド選択ができていない場合もあるのです。
また消費者は情報が多いとき、それを無視して、都合のよい情報だけを採用するという「満足化」(satisficing)現象にも注意してみなければなりません。たとえば、消費者はネット検索を行っても、多くの場合、検索ページの1ページ目の限られた部分だけを見てそれで済ませてしまうのです。
ブランドマーケターがこうした事態に対応できることがあるとすれば、ひとつは、消費者に選択され利用されるブランド情報を発信することです。そのためには、消費者の情報アンテナにひっかかる情報がどのようなものであるかを知る必要があります。
たとえば、オンラインニュースや、さまざまなニュースアプリでは、ニュースのヘッドラインをいかにして限られた字数で編集するか、という試みが毎日行われています。ヤフーニュースはたった13文字で見出しを作成して、苦心して中身を伝える工夫がなされています。
(「Yahoo!ニュース トピックス「13文字見出し」の極意 難関「コートジボワール」はどう表現?」、2017)
同じことが、インターネット通販のサイトでも、消費者を引き付けるために、どのような説明がよいか、どのようなビジュアルがよいかを日々A/Bテストによって検証されています。ブランドマーケターはそうした工夫を参照すべきでしょう。
もうひとつブランドマーケターがなすべきこととは、ブランド情報に新たな価値をつけて発信することです。
この情報は消費者のためになるはずだ、とマーケターが考えたとしても、それをそのまま言っただけでは、価値にはなりません。現代の消費者が求める付加価値とは、たとえば、プロの批評家が言ったことではなく、インスタグラムやツイッターでよく見かけるように、シロウトの自分の隣人や友人のような存在が言うことのほうが信用される場合があります。
どのように同じ情報に価値をつけて提示できるか、これが今日の情報環境において求められるブランドコミュニケーションのあり方と言えるでしょう。
*本記事の一部は、毎日新聞社広告局発行「SPACE」2015年に掲載された田中洋執筆記事を採用しています。
【引用文献】
Jacoby, J., Speller, D. E. & Berning, C. K. (1974). Brand Choice Behavior as a Function of Information Load. Journal of Marketing Research, 11, 63-69.
Jacoby, J. (1984). Perspectives on information overload. Journal of Consumer Research, 10, 432-435.
Milgram, S. (1970). The experience of living in cities. Science, 167(3924), 1461-1468.
「1世紀で150万倍に増大した情報伝達力~情報の急速な伝染「インフォデミック」とは」デロイトトーマツ
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/strategy/articles/cbs/information-epidemic.html
情報通信政策研究所調査研究部(2011)『我が国の情報通信市場の実態と情報流通量の計量に関する調査研究結果(平成21年度) ―情報流通インデックスの計量―』
https://www.soumu.go.jp/main_content/000124276.pdf
「Yahoo!ニュース トピックス「13文字見出し」の極意 難関「コートジボワール」はどう表現?」(2017)News Hack (2017年9月27日付)
https://news.yahoo.co.jp/newshack/inside/yahoonews_topics_heading.html
