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専門家寄稿記事 そもそも「ブランド」とは?~ブランドの生い立ちから、その概念を正しく理解する試み~
近年はブランドという言葉が溢れる社会になっています。ビジネス社会においても、一昔前まで企業の経営資産として提唱されていたヒト・モノ・カネが、ヒト・モノ・カネ・情報・ブランドといわれるようになっています。しかし、ブランドという言葉の浸透とは裏腹に、正しい解釈が浸透しているとはいい難いのが現状です。ニュースや経済番組を見ていると、いまだにブランドを欧米の高級ファッション関連商品の代名詞として報道されていたり、認知度の高い商品や高額商品として紹介される場面も多いようです。その背景には、ブランドという概念を分かりやすく伝えるのが難しいという事情があります。
では、ブランドの概念はどうすれば正しく理解できるのでしょうか。ひとつの有効な方法は、ブランド発生の生い立ちを観察することです。既に出来上がってしまい、さまざざまな解釈が可能になった現代のブランドを観察し意味を理解するより、ブランドがどのように発生してきたのかを理解することで、その本質を理解することが出来るからです。
ブランド論の第一人者であるKeller (1998)は、ブランディングの動機付けは職人などが労働の産物を識別し、顧客が容易に認識できるようにすることであり、その起源は古代の陶工や石工のマークに見ることができると指摘しています。陶器や陶製ランプなどは生産地から遠く離れた場所で販売されることもあり、買い手は品質の指標として信頼できる陶芸家の印を探し求めたことに由来します。当時は非常に小さな規模の生産者が、自らの商品価値を類似品製造業者から守るために細々と行われていました。後にこれが企業による大量生産の仕組みにも対応していくことになり、そこに現在のブランディング・システムの発端を見ることができます。
学術書では、近代ブランディング発祥の例としてよく紹介されるのが米国P&G社です。かつて同社は、自社製ローソクをオハイオ川とミシシッピ川流域の都市商人に船で輸送していました。当時は不純物を混ぜた質の悪いローソクも多く出回る中で、P&G製ローソクは商人達の間で本物として認められていきました。しかしP&G側ではその認識が希薄だったといいます。ある時、船着場の人夫がP&G製ローソクが入った木箱に星印を描いたところを見ていた同社の社員がその意味を理解し、以降人夫が識別しやすいよう全製品の箱に星型の記号を明記して出荷しました。これを図式化したのが以下の図1です。

出典:長崎(2015)イラストで理解するブランド戦略入門
そもそもローソクを扱う商人にとって重要だったのは、製品として良質なローソクであったはずです。しかし、当時のローソクは購入前にその品質を確認することができませんでした。後にP.Nelson(1970)が、商品を性格の違いから「探索財」と「経験財」の2つに類型化しています。探索財とは「使用または購買前に探索により容易に評価可能な特性を備えた商品・サービス」であり、経験財とは「使用または購買前に評価が困難な特性を備えた商品・サービスで、消費することによって初めてその特性を評価できるもの」です。食器などは前者であり、化粧品などは後者に該当します。
企業によるマーケティング体制が整い品質に標準化がみられ、ブランディングが普及し一般顧客でも店頭で商品を識別できる仕組みが整った現在では、最寄品全般が探索財、サービス全般が経験財のように紹介される傾向があります。
しかし、当時は品質の標準化は実現しておらず、商品を識別する仕組みもない世界では、ローソクは経験財的な商材として認識されていたことが想像されます。商人達も無論、質の高いローソクのほうが最終顧客からの評判も良く、高く売れることを見抜いていたでしょう。たとえ使用前に外観や手触りから良質なローソクを見分ける術を身につけた商人が存在したとしても、全てのローソクの木箱を開けて1本ずつ検品することは非現実的です。
質の良いローソクがどの木箱に入っているのかが事前に分かれば、商人達はローソク自体を探すことを止め、星印の描かれた木箱をおのずと探すようになります。この時点で重要なものがローソクそのものから星印の描かれた木箱に移転したことになります。重要性の意味が変化したのです。
この状態がさらに進むと、商人達は星印だけを捜し求めるようになります。この段階になると重要なのは、ローソクでも星印が描かれた木箱などの形のある物質ではなく、単なる記号という抽象的概念になってきます。人々は星印を重視しそれを求めるのは、その先に良質な製品が紐付いていることを確信しているからに他なりません。これこそがブランドの正体です。メーカー側のメリットは、指名買いが増加すること。そして、星印を他カテゴリーの製品にまで拡張できることです。
ブランドを理解する上で、もうひとつ重要なことがあります。それはブランドと製品を分けて考えるとうことです。石井(1999)は、商品を製品とブランドという二重の性格を持ったものとして紹介し、製品部分を技術や性能に関係した物理的実態と説明しています。以下の図2は、これを発展させ概念図として表現したものです。

出典:長崎(2015)イラストで理解するブランド戦略入門
製品とは工場で製造されたばかりの財であり、それだけでも十分に稼働するものですが、価格や商品名が明記されておらず、他社製品との識別ができないものです。そこに製品の個別名称やロゴタイプ、パッケージなど、競合商品から識別できる記号をまとって商いの対象として顧客に選ばれる状態になったものが商品です。
ブランドと相反する概念として紹介されるコモディティとは、製品部分の「米」や「消しゴム」「トイレットペーパー」などで選ばれるものです。しかし、同じカテゴリーにも「コシヒカリ」や「MONO消しゴム」「エリエール」といったブランド部分で選ばれる商品郡も存在しています。
ブランドを深く理解するためには、もう一歩踏み込んで製品部分が同じでブランド部分が異なる商品の存在を比較してみるのがよいでしょう。ブランドを製品についた名称であると認識している人が多く存在しているからです。この場合、ひとつの製品にひとつのブランドが対応することになります。
しかし実はあてはまらない事例もあります。たとえば、トヨタが販売している車に86(ハチロク)というモデルがあります。そして同時に同じ車体を使ったモデルがスバルからBRZというブランドでも販売されています。実はこの車、トヨタとスバルの共同開発車であり、コンセプト開発や設計をトヨタが担い、製造をスバルが請け負い世に送り出された車です。これこそまさに概念図の中心にある製品部分は共通であり、外円としてのブランドが異なることで最終的な商品を差別化して販売している事例です。

しかしこのような状況でも、顧客側に混乱はみられません。車体が同じものと知っていても、日産ブランドが好きな人はNV100クリッパーリオを購入しています。自宅からマツダのディラーが近いからという理由でスクラムワゴンを購入している人も存在し、自身の会社が三菱系列だからという理由でタウンボックスを購入している人もいます。製品の車体自体は4社が同じものであって、購入者は購入者なりにブランドから選択の理由を見つけて購入に至っています。この場合、製品は共通しているので、選択の理由はブランドということになります。
このように、販売されている商品を製品とブランドで分けて考えることで、よりブランドに対する理解が深まるのではないでしょうか。実はこの逆に、複数の製品に対して1つのブランドで括っている商品も存在します。ひとつの製品にひとつのブランドという考えから離れてみることで、ブランドの意味や本質が見えてくるのではないでしょうか。
【参考文献】
Kevin, Lane. Keller (1998), Strategic Brand Manegement, Prentice Hall,Inc (恩蔵直人・亀井昭宏訳(2000)『戦略的ブランドマネジメント』、東急エージェンシー出版)
Philip Nelson(1970),“Information and consumer behavior” The Journal of Political Economy
石井淳蔵(1999)『ブランド -価値の創造-』、岩波書店
長崎秀俊(2015)『イラストで理解するブランド戦略入門』、三弥井書店
