田中 洋先生のブックトレジャー

ブランド戦略の第一人者田中 洋 先生が選ぶ、

ブランディング必読書

#05『ブランディングの科学 ─誰も知らない
マーケティングの法則11─』

著者:バイロン・シャープ

ブランド・マネージャー認定協会特別顧問を務める田中洋先生が、読者にとって“宝物”となるお勧め本を紹介する本連載。第5回目のお勧め本は、南オーストラリア大学の教授であるバイロン・シャープ氏の『ブランディングの科学 ー誰も知らないマーケティングの法則11ー』(朝日新聞出版)です。田中先生に本書を選ばれた理由や概要、“宝物”となるポイントなどを伺いました。

『ブランディングの科学』でマーケティングの常識と顧客基盤の考え方を再考

本書を選択した理由は?

従来のマーケティングの常識を疑うこと

今回紹介する本は、バイロン・シャープ氏著『ブランディングの科学 ─誰も知らないマーケティングの法則11ー』です。著者のシャープ氏は、南オーストラリア大学のアレンバーグ・バス研究所で教授をされている方ですね。アレンバーグという方はおそらくシャープ氏の師匠で、イギリスやアメリカで活躍をされた大変高名なマーケティングサイエンスの学者です。そしてバスという方も有名なマーケティングサイエンスの学者。彼らからマーケティングサイエンスの訓練を受け、マーケティング、特にブランドがどう成長するかについて研究したシャープ氏の本書は、世界的に話題を呼びました。

日本語版のタイトルは「ブランディングの科学」となっていますが、ここでは原著の「HOW BRANDS GROW」というタイトルをよく見たほうがいいと思います。つまり「ブランドはどうやって成長するのか」ということが、この本の基本的な問いかけになっているのですね。さらに、副題として「WHAT MARKETERS DON'T KNOW」、つまり「マーケターも実は知らないことがいっぱいあるんだよ」と言っているわけで、従来からマーケティングで言われていることを疑ったほうがいいというのがシャープ氏の主張です。

私も科学的なアプローチは必要だと思っていますが、実はマーケティングでは、科学的な原理が確立されているかというと、そうでもない部分があります。また、マーケティングというとフィリップ・コトラー氏が有名ですが、大昔からあるコトラー氏の本の内容が真実かと言われると、「よくわからないけれど、みんなが教科書として使っているから本当なのではないか」というあたりで納得してしまい、これまでの常識を疑うことを誰もしていないような気もします。そういう観点から見ると、この本は今までの常識にチャレンジしている部分があり、一度は読んでおく必要があるのではないかと思い、今回推薦しました。

本書の概要は?

ダブルジョパディの法則とは?

本書にはマーケティングの11の法則が登場しますが、5番目の法則まで説明できれば本の半分以上は理解できますので、今回は5番目まで解説していきたいと思います。

まず法則の1番目は「ダブルジョパディの法則」(※図1)です。「ジョパディ」は「弱み」「弱い点」を意味する言葉なので、「ダブルジョパディ」は「ブランドの持つ二重苦」と言い換えられます。では、ここで言う「二重苦」とは何か? それについて説明する前に、この本で書かれている「英国の粉末洗剤の市場占有率と年間市場浸透率、購買頻度」について見ていきましょう。

まず、市場占有率は1番目がパーシルというブランドで、シェアは22パーセント。2番目はアリエールで14パーセント。 次がボールドで10パーセント。それからダズの9パーセント、サーフの8パーセントとなっています。ここで一緒に見ていく必要があるのは「年間市場浸透率」です。常識で言うと、市場浸透率というのは「1年間にこのブランドを1回でも使ったことのある世帯」を表す数値。 仮にマーケットに100万世帯があったとして、このブランドを1回でも使ったことのある割合が50万世帯なら、市場浸透率は50パーセントとなるわけですね。そして、シャープ氏が重視しているのが、この市場浸透率という指標なんです。この市場浸透率を見てみると、最も高いのはパーシルで41パーセント。次がアリエールで26パーセント、そしてボールド19パーセント、ダズ17パーセント、サーフ17パーセントと続きます。つまり、シェアがトップのブランドほど市場浸透率も高いのです。

これが何を意味しているのかというと、パーシルのほうがほかのブランドより顧客の基盤が大きい、ということなんですね。もちろん、パーシルの41パーセントの世帯の中にも、たくさん使っている家庭もあれば、1回だけ使ったけどもう使わないという世帯も含まれているわけですが。そんなふうにヘビーユーザーからライトユーザーまで含んでいるのがこの市場浸透率です。

そして、もうひとつの指標である「購買頻度」を見ていきます。パーシルを見ると、年間にパーシルを使ったことのある人は約4回です。上から下まで見ると、3.9、3.9、3.8、3.7、3.4となっており、市場占有率と同じように購買頻度も少なくなっています。ということは、その市場のリーダーであるブランドほどよく買われている、というわけですね。一方、サーフのようにシェアが小さなブランドは、購買頻度も少ない。これはよく考えてみると驚くべきことで、ブランドの買われる頻度はシェアが高かろうが低かろうが同じぐらいなのでは?と考えがちですが、測ってみるとシェアが高いブランドのほうが購買頻度も高いという結果になっているのです。

同じように、浸透率もシェアが高いほど高く、シェアが低いと浸透率も低い。シェアが低いブランドは、浸透率においても購買頻度においてもシェアトップのブランドより劣ってしまう……ということがつまり「二重苦」なんです。この法則性を発見したのは、もとはアレンバーグ氏で、氏の書いたものを読むと、こういった現象は洗剤のような使用頻度が高い消費財においてだけではなく、ほかのBtoBやサービス業においても見られる、と言っています。

「セイリエンス」という概念

これらのことから何がわかるかというと、「市場占有率が低いとほかのパフォーマンスも良くない」ということです。では、なぜそうなるのか。ヒントは本の中に出てくる「セイリエンス」という概念です。セイリエンスとは、「顕在性、目立つ」ということ。つまり、お店に行ったときに目立つ位置に置かれている、ということです。当然、お店も売れる商品をプロモートしたほうが売り上げが上がるので、パーシルやアリエールは目立つ場所に陳列され、ダズやサーフは目立つようには置かれていないんですね。要するに、シェアの高いブランドは目立つようになるし、目立たないブランドは一層目立たなくなるわけです。

そしてシャープ氏は「マーケットの中でユーザーはものすごく流動している」と言っています。つまり入れ替わっているということですね。非常によく売れているブランドも、中の一定層は常に置き換わっているのですが、ブランドスイッチが起きると、小規模ブランドのほうが、相対的には多く入れ替わってしまう。ですから、本の中では、小規模ブランドほど顧客の離反率が大きいと書かれています。(※図2)大規模ブランドでも顧客離反は起こるけれど、それほど大きくはなく、小規模ブランドほど入れ替わりが激しい、とシャープ氏は言っているのです。

アレンバーグ氏とシャープ氏の大きな発見は、このダブルジョパディ、つまり二重苦の問題です。まず、マーケットシェアが低いブランドは購買客数も非常に少なく、マーケットの中における顧客基盤がすごく狭いということ。そして、これらの購買客は行動的ロイヤルティも態度的ロイヤルティもやや低いと言っています。このダブルジョパディの法則が一般消費財に限らず様々なジャンルで貫かれているのは、非常に興味深いことですし、マーケターとしては知っておくべきことだと思います。

あらゆるブランドが結局は顧客を失う

法則の2番目では「リテンションダブルジョパディ」について書かれています。リテンションは「保持する」ということ。つまり顧客を握ったら離さない、というようなことです。ただ、シャープ氏は「あらゆるブランドが結局は顧客を失う」と言っています。顧客は離反していく、それはどうしようもないことだと。ただし、これもやはりダブルジョパディの法則で、マーケットシェアが大きいブランドほど失う顧客の数も大きいけれど、顧客の基盤全体で見ると大きくはなく、むしろ小さい。一方、マーケットシェアが小さいブランドほど、顧客を失うとダメージも大きいと述べています。

ここで、顧客基盤についてもう一度考えてみましょう。「顧客基盤」とは具体的に何かと言うと、先ほどの市場浸透率と関係があって、シェアが大きなブランドほど顧客基盤は大きい。先ほどの粉末洗剤の例で言えば、アリエールは顧客基盤が大きくて、サーフは顧客基盤が小さい、だからアリエールもサーフも顧客は失うけれど、ダメージとしてはサーフのほうが大きい、というわけですね。アリエールは顧客を失ったとしても、顧客基盤のプールの中からライトユーザーが何かのきっかけでミドルユーザーになり、場合によってはヘビーユーザーにもなる……とユーザー自身が変わってくれるんです。変わる可能性はアリエールにもサーフにもあるけれど、ビッグなブランドのほうがライトユーザーをミドルユーザーやヘビーユーザーに変換できる可能性が大きいんですね。(※図3)だから「ビッグなブランドほど有利に働く」という現象が、またここでも起きるわけです。

既存顧客だけを大事にしてもダメ

法則の3番目は、「パレートの法則」に関わる話です。「パレートの法則」とは、 20パーセントのお客が全体の売り上げの80パーセントをもたらしているという法則ですが、シャープ氏が言うには、実は「80:20」ではなく「60:20」程度らしいんですね。つまり、20パーセントのお客が全体の60パーセントの売り上げをもたらしている、と。本書に出てくるコカ・コーラの例では、約4パーセントのお客が年間売り上げの25パーセントをもたらしているそうです。

マーケティングの世界ではこの20~30年、「既存ユーザーを引きつけておいたほうが、新規ユーザーを獲得するよりもいい」というのがひとつの潮流としてずっとありましたが、シャープ氏たちはその考えに実証的に反対をしているわけです。つまり、既存顧客だけを大事にしてもダメだ、ということですね。お客が入れ替わるのは防ぎようがないけれど、ビッグなブランドは顧客基盤が大きいので、ライトユーザーがミドルユーザーになり、さらにヘビーユーザーになる。だから、たとえばコカ・コーラの場合は4パーセントのお客が売り上げの25パーセントをもたらしている傾向があるけれど、こうしたヘビーユーザーは広告を増やしたからと言ってもっと飲んでくれるとは限らない、と言っているわけです。

では、どうすればいいのか。コカ・コーラのケースで考えてみたいと思います。これはひとつの事例ですが、「ネームボトルキャンペーン」というキャンペーンがありました。日本ではあまり展開しなかったのでピンとこない方が多いと思いますが、要するに、ボトルの真ん中のロゴを取って人の名前やメッセージにするというキャンペーンです。実はこのキャンペーンはコカ・コーラにとって非常に画期的でした。なんと、長い間売り上げが低迷していたにもかかわらず、このキャンペーンによって売り上げが増加したんです。これはこの本に書いてあるわけではなく私が勝手に解釈していることなのですが、ヘビーユーザー自体はボトルに名前が書かれようがメッセージが書かれようが関係なくて、むしろライトユーザーがキャンペーンに反応して買ってくれたのだと思います。シャープ氏も、本書の中で繰り返し、既存顧客を刺激するのではなく、むしろ新規顧客を取り込んでいくことが重要だと言っています。

「平均への回帰」とは?

法則の4番目は「購買行動適正化の法則(※図4)」です。たとえば先ほどのコカ・コーラの例で説明すると、毎日コカ・コーラをがぶ飲みするようなヘビーユーザーが永久にがぶ飲みしているかというと、一定期間がぶ飲みしているかもしれないけれど、いつかは消費量が減少してくるわけです。一方、1年に1本しかコカ・コーラを飲まないユーザーでも、その中の何人かは月に1本は飲もうとか、場合によっては週に1本、1日に1本は飲もう、という人たちが出てくることがあるわけです。また、ノンバイヤーがバイヤーになることもあります。今までコカ・コーラは体に良くないと思って買っていなかったけれど、やっぱり美味しいよね、とバイヤーになる……ということですね。

こういった行動の法則性は何に基づいているかというと、「平均への回帰」という現象に基づいているんです。「平均への回帰」とは「結局は平均にだんだん近くなっていく」ということですが、同じようなことが購買行動にもあり、それまでたくさん買っていた人が月に2、3回でいいか、と減ってしまうわけですね。こうした回帰現象は広いカテゴリーにおいてよく見られる現象である、ということをシャープ氏は唱えています。

宝物になるポイントは?

顧客基盤を大きくすることが重要

本書に出てくる「ダブルジョパディの法則」、つまり二重苦の法則は、非常に重要な発見であると思います。そして、新規顧客対既存顧客の問題もそうです。ユーザー層は常に入れ替わるので、新規顧客を常日頃から獲得しつつ、顧客の基盤を大きくするように努めなければいけないということが、本書の一番のポイントなのではないかなと思いますね。

では、新規顧客をどうやって獲得すればいいのか。これは業界ごとに違いますし、マスメディアからインターネット広告に変わってきた状況を考えると、「こうすれば絶対獲得できる」という決め手はないのですが。

ただ、これは私個人の考えですが、業界ごとに新規顧客を獲得するための定番の手法というのはあります。たとえば昔、消費者金融というものが盛んだった頃の話ですが、消費者金融で顧客をどう獲得するのがいいかというと、ひとつはテレビ広告などを打って消費者金融のブランドを知らしめる方法。そしてもうひとつは、駅前でティッシュを配ることだったんです。すると、お金を借りたい人は「そういえば、ちょっとお金を借りる必要があるから」とリマインドされる。そして消費者金融のオフィスは当時、必ずビルの2階以上に置きました。なぜかというと、さほど人目につくことなく、お店に入ることができるからです。だから、2階にオフィスを置いて通勤時間にティッシュを配る、というのは新規顧客を獲得するための重要な手法だったんです。

覚えておきたいマーケティングの法則
(ブランディングの科学─誰も知らないマーケティングの法則11より)

1ダブルジョパディの法則
「二重苦」。マーケットシェアの低いブランドは市場浸透率、購買頻度も低くなる。またこれらの購買客は行動的ロイヤルティも態度的ロイヤルティもやや低い。(第2章より)
2リテンションダブルジョパディの法則
あらゆるブランドが結局は顧客を失う。その損失はマーケットシェアと比例する。大きいブランドほど多くの顧客を失うが、その損失は顧客基盤全体と比較すると小さい。(第4章より)
3パレートの法則(厳密に80:20にならない)
  • 「60:20」。売り上げの60%は、20%の顧客によってもたらされている。通常80:20と言われているが、シャープ氏によると60:20程度だと考えられている法則。(第4章より)
  • コカ・コーラ購買客の約4%が年間売上の約25%をもたらしている。​
  • 広告を増やしても、ヘビーユーザーの需要が増えるとは限らない。​
  • ⇒コカ・コーラのネームボトルキャンペーンが効いたのはライトユーザを引き付けたから?
  • クルマのガソリンのように均質な市場もある。​
4購買行動適正化の法則​
ある一定期間中にヘビーユーザーだった消費者の購買量は、いずれ減少する。一方ライトユーザーの購買量は増え、ノンバイヤーがバイヤーになることもある。この平均への回帰現象は、広いカテゴリーにおいてよく見られる。(第4章より)
5自然独占の法則
シェアが高いブランドほど目立つようになり、そのカテゴリー内の多くのライトユーザーを惹きつける。(第7章より)

読者へのアドバイス

常識的な手法と新規のトライを両方試すべき

このように「うちの業界は実はこうするのが常道なんだ」という方法は、業界ごとにある程度確立されているのではないかと思うんです。ですから私のお勧めとしては、まずはそういうやり方を試してみること。そして、まったく新しいやり方に挑戦すること。

たとえば「ボタニスト」というシャンプーは、テレビで大規模なキャンペーンを打ち、ドラッグストアやスーパーマーケットの店頭で販促を展開する……というヘアケア剤の定番の方法を選択せず、インターネット広告だけで展開して販路もオンラインで勝負しました。その結果徐々にシェアが伸びていき、ヘアケア剤で第2位のブランドになったということがありました。まとめると、業界で常識になっている方法を試すこと、そしてそれとはまったく違う新規の方法にトライすること。その両方をやらなければいけないのではないかなと思います。