デジタル時代にブランド戦略がどうなっていくのかというと、私は「経験化」「信号化」「理念化」、この3つの方向性があると捉えています。
最初の「経験化」。これは、ブランドが経験するものに変化しているということです。ブランドそのものというよりも、商品について、ここ数十年間でサービス商品が多く登場するようになりました。サービス商品は経験してみないとわからないという特徴があります。たとえばスターバックスコーヒー。実際に行ってみて、席に座ってみて、コーヒーを飲んでみて、初めて「あぁ、スタバっていいな」と思うわけです。
最近増えているサブスクやレンタルといった「所有しない消費」に関しても同様です。たとえば、NetflixやAmazon Primeのような動画配信サービス。私も先日、知らないうちにAmazon Primeの会員になっていることが判明したのですが、いろいろ映画が見られるというのでテレビで設定をしてみたところ、「確かにたくさん映画が見られるし、まぁいいか」と結局使い続けています。そのように、「Netflixっていいよね」「Amazon Primeっていいよね」ということは、これもやはり経験してみないとわからないわけです。
オンラインの消費に関してもそうです。たとえば「Zoom」というブランドも、われわれはこれを宣伝で知って使い始めたわけではありませんね。業務の中で言われて使ってみたら、使いやすいし、簡単だし、途中で切れないし、これはいいのではないかということで使うようになったのではないでしょうか。
このように、ブランドがまず経験しなければ良さがわからないものに変わってきたということがトレンドとしてあると思います。
2つ目の方向性が「信号化」です。商品の発するメッセージがとても単純かつ直接的なものになっているということです。
たとえば、昨年ヒットした「ヤクルト1000」。なぜヤクルト1000が売れているかというと、「ストレス緩和にいいから」「熟睡ができるから」という理由で買われているわけです。このように、効能が非常にはっきりしている商品に関しては、そのブランドを伝えるために、マールボロのようにカウボーイのイメージを結び付けたりすることを考えなくてもよいのです。
市販薬に関してもそうです。こう言ってはなんですが、昔は市販薬はそこまで効きませんでした。それがここ10〜20年の間で、スイッチOTC医薬品(医師から処方される医療用医薬品のうち、副作用が少なく安全性の高いものを市販薬に転用したもの)のように、本当に効果効能を表すような商品がいくつも出てくるようになりました。
近年の科学技術の発展によって商品自体が大きく進化していることからも、この時代、広告にややこしいものは必要なく、端的に「これは熟睡に良い」ということが伝わりさえすればそれで十分であるというように変わってきました。この現象を私は「信号化」と呼んでいます。
3つ目の「理念化」ですが、これは今まで言ってきたことと違って、使っただけでは他社製品との違いやベネフィットがよくわからないブランドがあるわけです。
たとえば、「BOTANIST」というヘアケアブランド。このブランドは「ボタニカルライフスタイル」というコンセプトを唱えています。植物を原料として使用していたり、もちろん使い心地も良いのだろうと思います。ただ、実際に頭を洗っているときに「やっぱりボタニカルなライフスタイルっていいなぁ」と直接感じるかというと、おそらく感じないのではないでしょうか。ボタニカルライフスタイルとは何かと突き詰めて考えるとよくわかりませんが、「ボタニカルなライフスタイルっていいよね」ということはなんとなく思うわけです。そういった理念を掲げるブランドが増えていることを、私はブランドの「理念化」と言っています。
また、ユニリーバの「ダヴ」というスキンケアブランドがあります。従来のスキンケア・ボディケアブランドでは、広告にきれいなモデルを起用して「あなたもこのモデルのようにきれいになりましょう」という訴求をすることが多かったと思います。ところが、ダヴはわざと顔にシミのあるモデルを起用して、「決まった形の美しさなんてない」「あなたにはあなたらしい美しさがある」ということを伝えています。これもやはり理念の話です。
それから、オーガニックワインもまさにそうです。「オーガニックワインは味がすごくおいしい」「オーガニックワインを昨日たくさん飲んだけれども、二日酔いしなかった」と言う方がいますが、おそらくそれはオーガニックであることとはあまり関係がありません。これもやはり理念の話で、農薬を使っていないとか、自然の農法で作られたという理念を反映したものがオーガニックワインであるということなのです。
ほかにも、「環境に優しいことをしています」「エネルギーをセーブするようにしています」というように、いろいろな理念を謳うブランドが増えています。消費者が直接ベネフィットは感知できないものの、背景にある考え方や理念に共感してその商品を選ぶということが世の中で起きており、これがデジタル時代におけるブランドの第3の方向性ではないかと考えています。