田中 洋先生のブックトレジャー

ブランド戦略の第一人者田中 洋 先生が選ぶ、

ブランディング必読書

#03ブランドマーケティングの再創造
―21世紀が体験する新たなリアル

著者:J.-N.カプフェレ

ブランド・マネージャー認定協会特別顧問を務める田中洋先生が、読者にとって“宝物”となるお勧め本を紹介する本連載。第3回目のお勧め本は、フランス人のブランド論の教授であるJ.-N.カプフェレ氏の『ブランドマーケティングの再創造―21世紀が体験する新たなリアル』(東洋経済新報社)です。田中先生に本書を選ばれた理由や概要、“宝物”となるポイントなどを伺いました。

『ブランドマーケティングの再創造』で
過去のブランド戦略の変化を学ぶ
フランスとアメリカの要素が入り混じった一冊

本書を選択した理由は?

フランス人著者のブランド論

今回紹介する本は、『ブランドマーケティングの再創造―21世紀が体験する新たなリアル』(J.-N.カプフェレ著、東洋経済新報社)です。この本を選んだ理由のひとつは、著者のカプフェレ氏がフランスのご出身ということです。カプフェレはもともと米国ノースウェスタン大学で博士学位を取り、その後フランスに戻ってHECという非常に格の高い大学院でブランド論の教授になった人。そこで、今まで取り上げてきたアーカー先生やケラー先生と違う、アメリカ以外の人が書いたブランド論を読んだらどうか、と考えました。また、この本は現地で2000年に出版され、20世紀から21世紀にかけてブランドがどう変わったのかを中心に論じようとされていますので、20世紀と21世紀の違いを見るうえで役に立つのではないかと思ったことも選択した理由です。フランス的なエッセイのように書かれた部分もあり、一方でアメリカ的に実証的な研究を中心に書かれている部分もあるなど、アメリカ的なものとヨーロッパ的なものが入り混じっているのも本書の特徴かもしれません。

本書の概要は?

欧米と日本のブランド文化の違い

本書は、全部で27章に分かれています。前半を中心にご紹介すると、第1章ではふたつのブランド文化について書かれています。ひとつは欧米流のブランド文化について。もうひとつは日本のブランドについてです。欧米ブランドの代表選手は、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)が行っているような個別ブランドですね。つまりそれぞれのブランドを立たせているのですが、カプフェレ氏はそれが欧米流のある種の典型と考えているわけです。一方、日本のブランドはどうか。たとえばヤマハのように、同じブランドをピアノとオートバイの両方に平気でつけてしまうといった具合に、日本の文化では、ブランドを異なった分野にも適用するというような包括化・グループ化を意図した、一種のアンブレラブランド戦略(※図1)であると言っています。日本の場合は、三菱や三井のような企業ブランドも多いので、ここが欧米と違う点だというわけですね。そしてカプフェレ氏は、今は欧米流の個別ブランドから日本流のより包括化したアンブレラブランド化に向かって変わっているのだと著しているのです。日本がこれほど褒められているのは珍しいケースだと思います。

ほかにも、第1章では「プログラムブランド」という言葉が出てきます。プログラムブランドとは、ひとつの製品に限定されないブランドのこと。カプフェレ氏は、ブランド拡張(※図2)、つまり異なったカテゴリーにブランドが適用されることが21世紀では重要だと言っているのだと思います。たとえば、ネスレの「ネスクイック」がもともと飲料のブランドでしたが、キャンディーやスナックバーにも応用されているように。 また、ブランド同士が結び付いて共同でキャンペーンをする「コ・ブランディング」についても語られています。ここでは、ダノンとミニッツメイドという例を挙げていますね。ミニッツメイドはコカコーラのブランドで、ダノンは乳酸菌を使った乳飲料のブランドですが、このふたつがコ・ブランディングをしていた例を挙げ、「今はブランドがより拡張された時代にいる」ということを、日本を引き合いに出して書かれています。

「安心」から「欲望喚起」へ

第2章では「スープラブランド※1」という言葉が出てきます。これは個別ブランドではなく、もっと広い範囲をカバーする「レンジブランド」と呼ばれるものですね。複数のカテゴリーにわたって適用されるようなブランドがレンジブランドであり、それが総じてスープラブランドと言われています。また、ここでは企業ブランドが次第に大事になってきたことについても書かれています。たとえば、ネスレは商品パッケージの裏に「製造元・ネッスル」と書いてありますが、それは保証ブランドとされるもので、別の言葉で言うと、「源泉ブランド・ソースブランド」とも呼ばれていますね。また、ブランドは株式市場での取引相手や一般的な市民も相手にしなければいけないようになり、従来のように利益活動だけを追求する社会ではない、ともカプフェレ氏は述べています。

※1 スープラブランド/企業の名前を使用した上位ブランド

第3章は、ブランドに期待される役割について。これまでの「安心」という役割から、欲望を喚起する役割に変わったということが書かれています。たとえばスポーツの世界で、スキーがスノーボードに変わり、今ではバックカントリースキーなどが出てきているように、より危険なスポーツの人気が高まるようになりました。このように、ブランドがより刺激的な、欲望を喚起するような世の中になってくるので、ブランドはどんな欲望を喚起できるかを考えないとダメだということですね。今までのような「安心できるブランド」ではなく、むしろ「チャレンジャーブランド」の役割が大事になってくる、と。たとえば当時、IBMがコンピューターの世界でチャンピオンだった中でアップルが出てきたことが好例だと思います。

投資収益性の重要性について

第4章では、製品とブランドを見つめ直すことの重要性について書かれています。ブランドはもともとモノ、つまり成分から出発するわけですが、次第にそれが属性、便益、パーソナリティ、価値へと進みます。製品からブランドへと進化するわけで、カプフェレ氏はそれがブランドライフサイクル(※図3)だと述べています。ただ、彼はブランドになればいい、とだけ言っているわけではありません。一度原点に返り、物質的な属性との関係を見直すことが大事だとも言っています。なぜなら、消費者は価値ばかりでブランドを見ているわけではなく、具体的な“モノ”レベルでブランドを覚えているからだ、というのがその理由です。

第5章になると、経営的な側面が出てきます。ブランドの心理的指標を測定して、投資の収益性、つまり「これだけ投資したからこれだけ儲かった」ということを見ておくのが大事だと言っています。ここでもうひとつ書かれているのは「ブランドをどの階層にポジショニングするか(※図4)」ということ。先ほど、モノから価値、精神的なものへと進化するのがブランドライフサイクルだと言いましたが、ここでもカプフェレ氏は原料レベルのことが大事だと言っています。たとえば、アスパルテームは様々な食品や飲料に使用されている人工甘味料ですよね。これを作ったモンサントという会社は、このアスパルテームを「ニュートラスイート」と名付けました。そしてこれを原料ブランドにすることで、アスパルテームの特許が切れてもエクイティがニュートラスイートというブランドに残っているので、いつまでもニュートラスイートというブランドのパワーを享受することができる、と言っているのです。あるいは、シマノの例。シマノの自転車のギアも同じように、それを入れている自転車を高級化しています。このように、どの階層にブランドポジショニングをしていくかが重要であり、特に原料レベルのブランディングが大事だと指摘しているわけですね。

中小企業がブランドを作るための条件とは?

本書の中で、カプフェレ氏は「中小企業はブランドを作れるのか」ということについても取り上げています。中小企業がブランドで成功するためには、まずどの市場に入っていくかということをよく考えないといけない、と。ここで大事なことはふたつあり、ひとつは消費者の課題をほかのブランドよりもうまく解決できる、ということ。もうひとつは、そのブランドの優れているところを、特許などによって競争相手から防御できることが大事だと言っています。例に挙げているのは、フランスのレモネードの会社です。この会社のレモネードは、最初は市場において極めて小さなシェアしか持っていないブランドでしたが、4、5年で大きく成長してフランスでトップクラスになりました。きっかけは、レモネードに「LORINA」(※図5)というブランド名を付けて再発売したことです。このLORINAは手作りで、古いガラスボトルに入っており、伝統的な栓がついています。つまり、高級レモネード市場を作り出したわけですね。その高級レモネード市場で85パーセントのシェアを取って大成功したのです。これが、中小企業が成功するひとつの例だとされています。

引用元:LORINA Webサイト

そして第8章では、ブランド戦略にスピードが求められるようになり、消費者は従来のブランドのロイヤルティよりも新しいブランドに惹かれる時代になっているので、ブランドシステムの一貫性は重要だけれども変わり続けないといけない、と述べています。続く第9章では、「グローバル化とローカル化」についてで、グローバルに成功するというのはどういうことかが書いてあります。第10章では、1990年代にナオミ・クラインという人が出した『NO LOGO』という本について書かれています。この本は日本語では「ブランドなんかいらない」と翻訳され、一時期話題になりました。この本では、ブランドがグローバル化することで世界が均質化してしまい多様性が失われているということや、ナイキのような企業が失業者を生み、発展途上国では環境の悪いところで現地の人たちを酷使していることを批判していることが書かれており、そのことについて取り上げています。

第20章では「臨界点」という言葉が出てきます。つまり、ブランドというのはひとつの限界のようなものがある、ということですね。一種の成熟ブランドのようなものを指しているのだと思います。たとえば子供のときに買っていたようなお菓子のブランドなどは、名前は知っているけれど普段思い出すことはありません。こういったブランドをどうするか、ということが論じられています。第21章はブランドの測定の問題について。ブランドを測る尺度として、1人あたりの消費量がマーケティング上では大事だ、ということが書かれています。

新規客を獲得し続けることが重要だ

第26章では、ブランドの現代的課題として、どうすれば新しい顧客を惹きつけ続けられるか考えることが大事だという内容が書かれています。ブランドは、市場浸透率がすごく大事で、市場浸透率というのはそのブランドを買った経験が1年間で何回あるか、という指標です。この浸透率が高いと、ブランドへのロイヤルティが高いということになります。つまり、市場でそのブランドを買った経験がある人を増やすほうが、既存客をつなぎ止める努力よりも大事だというわけですね。たとえば、ブランドのユーザー行動というのは、たくさん買う人、少し買う人、まったく買わない人、に分かれていますよね。そして、この層は固定ではありません。まったく買わない人が少し買う人の層に入ってきたり、あるいは少し買う人がたくさん買う人の層に入ってきたり……と、一種の循環が行われているので、常に新規客を補給していないと、そのブランドのお客のストックが枯渇してしまう。だからこそ新規客を引き寄せ続けることが重要だと、カプフェレ氏は強調しているのです。

宝物となるポイント

スープラブランド、欲望喚起、新規客、投資収益性が重要になる

特徴的なポイントを4点、挙げてみました。ブランドオーナーとしては、より多くの商品カテゴリーを包括できるような一種のアンブレラブランド、 スープラブランドを持つということが大事になっている、ということが1点目です。2点目は、ブランドによる顧客の欲望喚起。つまり「うちのブランドだったら安心ですよ」ではなく、「このブランドで、こういうことにチャレンジしてみませんか」ということですね。そのような関係を考えたらどうですか、ということが2点目のポイントです。3点目は、今いるお客をつなぎ止めておくよりも、どんどん新しいお客を獲得していったほうが得だということ。つまりロイヤルリティより新規客の獲得が重要だというわけです。そして4点目のポイントは、ブランドを測定する指標として、投資収益率やお客1人当たりの消費量などを測っておくことがマネージメント上では有益だ、ということを挙げたいと思います。

田中先生の視点

過去のブランド戦略の変化に学ぶ

このようなポイントが、なぜ大事なのか。これが本書の推薦理由でもあるのですが、この本は21世紀の始まりの時に書かれ、この時代のブランド戦略にどのような変化が現れているのかを考察しています。ここで書かれているようなトレンドはもちろん今も続いているので、我々もこのあたりは引き続き学ぶことができるのではないかと思います。本書の面白いところは、前にも述べましたが著者がフランス人であるということで、本の中でフランス的なインテリジェンスとアメリカ流の実証的な研究成果が一緒になっているところは非常にユニークだと思います。また、冒頭では日本ブランドが珍しく持ち上げられているので、日本ブランドの良い点をもう一度見直すきっかけにもなるかもしれません。

読者へのアドバイス

常にマーケットの構造を把握しておくことが重要

まず、ひとつめです。マーケットにおいて、強いブランドがますます強くなる傾向は否めません。ですが、いつもそうかというとそうでもないのです。たとえば、先ほどお話ししたLORINAというレモネードの例もありますし、日本でボタニストというブランドがヘアケア市場の中価格帯で非常に強力なブランドを作ったことは、特筆すべき出来事と言えるでしょう。こういった、新しい市場を見つけること、市場の中で一種の穴を見つけることが非常に大事になってくるのではないかと思います。

もう少しお話しすると、私はマーケットの構造を見ておくこと、従来からのプレイヤーがどうひしめいているかを見ることが必要ではないかと思っています。たとえば、上位にそのマーケットの競合がひしめいているけれど、一方ローカルを見るとローカルごとの地元のプレイヤーがひしめいている……というケースがあります。一例を挙げると、お煎餅などの米菓市場。有名な競合メーカーが上にいる一方、ローカルをよく見るとローカルごとにその地域でやっているお煎餅屋さんがあり、中にはおばあちゃんが1人でお煎餅を焼いているような小さなお煎餅屋さんもあります。似たようなことは戸建て市場にもあり、上のほうではパナソニックや積水などのナショナルメーカーがひしめいているんですけど、ローカルではその地域ごとの工務店のようなところがひしめいているわけです。こういう構造を見ると、ナショナルメーカーとローカルメーカーの間を作るというようなマーケットの変化もありうるわけですね。ローカルのビルダー同士をつなげて一種のアソシエーションのようなものを作るとか、そういった工夫ができる余地が十分あり得ると思うので、やはりマーケットをよく見ておくということはすごく大事だと思います。

ふたつめは、欲望喚起について。前にお話ししたように、たとえばスポーツの世界ではどんどん刺激的な競技が出てくるわけですよね。これはいろいろな分野で言えることで、飲料でも刺激的な味を求めるという需要もあるだろうし、家具市場でも買う人に刺激を与えるような椅子やソファが出てきてもおかしくありません。そういう欲望関係を考えてみたらどうか、と思っています。

そして最後は、新規客の獲得を優先したブランド戦略を採用することを考慮してはどうか、ということです。常に新しいお客を取り込むことはすごく大事ですが、ではそのためにどうするかというと、よく行われるのはブランド拡張です。つまり、新しい商品を考えるということですね。たとえば、味が違ったものを出す……ということはよくありますよね。このように、新規顧客を取り込むにはどうしたらいいかということを常に考えておかないといけません。これについて語られているのも、本書の重要なポイントかなと思います。