田中 洋先生のブックトレジャー

ブランド戦略の第一人者田中 洋 先生が選ぶ、

ブランディング必読書

#02エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント

著者:ケビン・レーン・ケラー

ブランド・マネージャー認定協会特別顧問を務める田中洋先生が、読者にとって“宝物”となるお勧め本を紹介する本連載。第2回目のお勧め本は、マーケティング・消費者行動の優秀な研究者としても知られるケビン・レーン・ケラー教授の『エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント』(東急エージェンシー)です。田中先生に本書を選ばれた理由や概要、“宝物”となるポイントなどを伺いました。

『エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント』はブランド研究の科学的知見を総合化した“教科書”だ

本書を選択した理由は?

ブランド・マネジメントの教科書

今回紹介する本は、ケビン・レーン・ケラー先生の著書『エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント』(第4版・日本語訳)です。

この本は、原本となる『戦略的ブランド・マネジメント』を簡約化した1冊です。原本を一言で言うと「ブランドについてのテキストブック」、つまり教科書ですね。この原本がはたした貢献は、ブランド・マネジメントを大学やビジネススクールで教えられる体系にした、ということ。この本が誕生したことによって、様々な大学や大学院でブランド論の講座ができるようになり、そこに非常に大きな意味があると思います。たとえば、マーケティングではフィリップ・コトラー先生という著名な学者がいますが、彼がなぜ有名かというと、マーケティングをテキストにしたから。同じように、この本が誕生したことで「ブランド論」というものが世の中で勉強の科目として成立するようになりました。

著者のケラー先生は、第1回目で紹介したデービッド・アーカー先生と非常に似ています。やはりマーケティングや消費者行動、広告論などを研究しており、ケラー先生も実に多くの研究論文を出している非常に優秀な研究者です。彼は今、授業料が高額で優秀な学生の行く米国東部の私立大学「アイビーリーグ」の一つ、ダートマス大学のタックビジネススクールの教授職に就いています。アーカー先生のご友人でもあり、以前にお会いしたときはアーカー先生について「He is very California」、つまりカリフォルニア的な明るいスカッとした性格だと評していました。そのような話をするぐらい、アーカー先生とは近しい間柄なんですね。

本書の概要は?

戦略的ブランド・マネジメントを4ステップで説明

本書は目次を見ていただくとわかるように、ブランドについて包括的に、関連する様々な話題を含んだ記述をされています。(※図1)具体的には、戦略的ブランド・マネジメントのプロセスについて4つのステップで構成されています。ケラー先生が言うには、最初に何をしなければいけないかというと、まず「ブランド計画の明確化と確立」。第2ステップが「ブランド・マーケティングプログラムの立案と実行」、第3ステップが「ブランド・パフォーマンスの測定と解釈」。最後に「ブランド・エクイティの強化と維持」です。本書はこのようなステップをベースに構成されています。

宝物となるポイント

「顧客ベースのブランド・エクイティ」とは?

本書の宝物となるポイントには、「顧客ベースのブランド・エクイティ概念」「ブランド・マントラ」「ブランド・レゾナンス」を挙げたいと思います。

まずは「顧客ベースのブランド・エクイティ」という考え方について。これは「CBBE(Customer-Based Brand Equity)」とも言いますが、実はこの考え方は、読んだ人にもあまり理解されておりません。以前、私がビジネススクールで本書をテキストとして使っていたとき、「顧客ベースのブランド・エクイティとは、どういうことですか?」と質問しても、みなさん、ほとんど答えられませんでした。ではどういうことかというと、本には「あるブランドのマーケティング活動に対する消費者の反応にブランド知識が及ぼす差別化効果」と書かれています。ここでの定義のポイントは3つで、それは「差別化効果」「ブランド知識」「マーケティングへの消費者の反応」です。(※図2)

この図で説明すると、まず左の「この夏ディズニーの映画が公開!」が表しているのが「マーケティングへの消費者の反応」です。この夏に「こういうディズニー映画が公開されるよ」というアナウンスがあると、我々の頭の中にある「ブランド知識」が反応します。つまり、「ディズニー」というものについて我々が今までに学んだり経験したりした記憶が、頭の中に残っているわけです。すなわち、これが「差別化効果」です。差別化効果と訳すことが適切かは疑問もありますが、要するに、何かほかのブランドとは違う反応が起きてくる、ということですね。本書では、これが「CBBE」である、と言っています。私的に言わせると、これは非常によく練られたブランドの考え方です。よく「ブランドは差別化する」と言われますが、それはこうしたマーケティングの刺激があり、同時に頭の中にブランドへの知識があり、それについて差別的な反応が出てくるから。この一連の流れがあるからこそ、ケラー先生は「ブランドは資産である」と言っているのです。このことは、我々がブランドの「エクイティ」というものを理解するうえで、非常に役立つ考え方ではないかと思います。

ブランドの本質を短く表した「ブランド・マントラ」

次に「ブランド・マントラ」について。「マントラ」とは、何かの教えを要約してまとめたもので、ケラー先生はこれを「ブランドの本質を捉えた、4つか5つの短い言葉でできているフレーズ」と言っています。たとえばナイキなら「authentic

athletic performance(真のアスレティックのパフォーマンス)」がマントラだ、と。そしてマントラがあるからこそ、これを広告に展開すると「Just Do

It.」というフレーズになる、とも語っています。マクドナルドであれば「Food,Folks,and Fun(食・人・楽しみ)」というマントラがあり、このマントラがあるからこそ「I'm Lovin' It」という世界共通のスローガンが誕生したというわけです。マントラとは、いわゆるブランド・エッセンスやブランド・プロミスともよく似た概念であり、ブランドの本質をできるだけ短くまとめて表すことが必要だ、とケラー先生は教えているのです。 (※図3)では、このマントラを作るために何をすべきか。1つは、ブランドのユニークな点をできるだけ明確にすること。2つめは、単純化して覚えやすくすること。3つめは、従業員にとっても心を動かすものにすること。つまり可能な限り明確に、覚えやすく、感動的なものにしましょう、ということです。

「レゾナンス」はブランドの最高の状態

そして本書のもう一つのキーワードが「ブランド・レゾナンス」です。「Resonance(レゾナンス)」は、「共鳴・共感する」という意味。このレゾナンスは、ケラー先生の体系の中で「ブランドの最高の状態」とされており、ブランドは、すべからくこの「ブランド・レゾナンス」を目指すべきである、と語られています。ただ、そこに至るまでにはいくつかの構造があります。(※図4)図4のピラミッドの一番下に「Salience(セイリエンス)」とありますが、これは「顕在化する」というような意味です。具体的に言うと、ブランド・セイリエンスの中に含まれる成分としてブランド認知がある。認知は知名度と考えたほうがわかりやすいかもしれませんが、要するにブランドの名前やマークが知られている状態を指しています。つまり、ブランドの名前をまず知られると、消費者にとって、このブランドがあまたある商品世界の中から浮き出て見えてくる。それがブランド・エクイティづくりに向けての第一歩なのですが、当然そこで終わってしまってはいけません。ただ、一番上の「レゾナンス」に行きたくても、いきなりは行けない。この図に「理性的ルート」と書いてありますが、これは、つまり感情ではなく、理性的な、認知的な思考によってブランドを捉えていくステップなんです。最初の「Performance(パフォーマンス)」は、そのブランドが持つパフォーマンスが評価されているステップ。次の「Judgments(ジャッジメンツ)」は品質を判断したり、メーカーが信用できるかを判断したり……とパフォーマンスをベースに自分で判断していくステップ。これらのステップを経て、一番上の「レゾナンス」に行くことができる、というわけです。

そして、このレゾナンスのピラミッドを登るためのルートはもう一つあります。そのもう一つのルートが、図の「感情的ルート」と呼ばれるものです。一番下の「Imagery(イマジリー)」とは、たとえば「どういう人が使うんだろう」「この商品は売れているんだろうか」というように、このブランドには歴史や伝統、経験があるのか、というようなことです。次の「Feelings(フィーリングス)」は、そのようにイメージを捉えた後で、楽しい、興奮する、安心するというような、非常にエモーショナルな反応が出てくるステップ。ここが満たされると、次の「レゾナンス」に至るわけです。レゾナンスに至ると、そのブランドが大好きになったり、ブランドのオンラインコミュニティの中で他人と交流したり、ブランドともっと積極的に関わりサポーターのようになったり、ブランドを応援したくなります。このように、ブランドはレゾナンスに至るのが理想的な状態で、そこに至るためには理性的ルートと感情的ルートがある……ということを図式化したのがこの「ブランド・レゾナンスピラミッド」なのです。

ブランド研究の科学的知見を総合化した1冊

以上のようなことを踏まえたうえでの本書の“トレジャー・ポイント”は3つ。まずは「ブランドに関する研究の科学的知見を総合化している」ということです。タイトルに「エッセンシャル」と書いてあることからもわかるように、実はもっと分量の多いバージョンがあり、同書はそれを簡素化した1冊となっています。原本では、ブランドに関する様々な知見、特に科学的な研究の成果が引用されており、本書でそれが総合化されているところが素晴らしいと思います。

次のトレジャー・ポイントは「実務家向けにわかりやすく記され図式化されており、事例も豊富」であること。非常にわかりやすく図式化もされ、いろいろな事例も引用されており、読者にとって大変わかりやすい本であると言えるでしょう。

そして最後のトレジャー・ポイントは「ブランド・エクイティ構築のために何をどう考えれば良いかがわかる」ということです。(※図5)具体的に説明すると、本書の中には「2次的連想の活用」というワードがあります。図の中央に「ブランド」と書かれていますが、これはどういうことかというと、たとえば、我々が何かのブランドを見たときに、まずぱっと頭に浮かぶ「1次的連想」があります。しかしもう少し深く考えてみると、ブランドに関する人や場所など、もっといろいろなことを思い出しているわけです。たとえば「資生堂」と聞けば、誰しも「化粧品会社」と反応しますよね。そして、「どんな化粧品会社ですか」と聞くと、「東京、銀座に本社があって……」という反応になると思います。つまり、東京、銀座というものが、資生堂の重要なエクイティになっており、そこから「華やかな街」「高級」などのイメージを連想するわけです。ほかにも、たとえば「Apple」。まずiPhoneを思い浮かべ、人によっては創業者スティーブ・ジョブズを思い出す。もしジョブズに尊敬の念を抱いていれば、それがiPhone、Appleのブランド・エクイティになるわけです。あるいは、ティファニーからは、ある種の人はオードリー・ヘップバーンの映画『ティファニーで朝食を』を思い出すかもしれないし、オードリーが5番街のティファニーの前でパンをかじりながら歩いていたことを思い出すかもしれない。それはつまり、「5番街にある、ものすごく高級な店である」という連想でもあるわけで、これもティファニーのエクイティをなしている非常に重要な部分と言えるでしょう。

本書では、このように「2次的連想」が大事であると書かれており、これもブランド・エクイティ構築のためにすべきことがわかる例の一つです。以上のように、本書では「ブランド・エクイティを作るためにはどうしたらいいか」が様々な方面から書かれているわけですね。

田中先生の視点

テキストであり、テキスト以上でもある

『エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント』はテキストとして見てもよくまとまっていますし、あるいはテキスト以上のコンテンツにもなっていると言えるかもしれません。たとえば、常にデスクに置いておき、必要なときに参照するなどの使い方が可能な本ではないでしょうか。本書には日本の事例はあまり出てきませんが、日本ではどのような事例になるかを読者自身が考えながら補えばいいのではと思います。もちろん、すべてを実践しなければいけないわけではないので、自分に関係が深そうなポイントを読み込んで身に付けていく……という読み方をしていただければいいのかなと思っています。

読者へのアドバイス

「レゾナンス」になるためにすべきことを考えてみる

これまでにお話ししたことを踏まえたうえで、私からのメッセージは「自社のブランドが、ブランド・エクイティの最高の状態の『レゾナンス』になるためにはどうしたらいいだろうか」を考えてみてはいかがでしょうか、ということです。たとえば、「お客様に同調、共鳴してもらうために必要な要素はなんだろうか?」と考えてみる。ただここで問題なのは、消費者や顧客は、その商品カテゴリー自体にはあまり関心を持っていないことが多いんです。だから、まずそのカテゴリーへの顧客の関心を高めることがレゾナンスに至る道としてある気がします。一例を挙げると、コーヒーに入れるミルク成分のコーヒークリーマー。このカテゴリーに関心を持つ人はあまり多くはないでしょう。ほかには、たとえば家庭用塗料なども日曜大工を嗜む人以外は関心がないと思います。だからこそ、こうしたカテゴリーへの関心を高めるための施策が必要なのではないかと思っています。

また、本書では「ブランド・コミュニティ」についても書かれています。日本企業でも「スノーピーク」やクラフトビールの「よなよなエール」など、ブランド・コミュニティを通して拡大したブランドの例がありますので、ブランド・コミュニティを考えることは、現代的なアプローチの一つではないかと考えています。

最後にもう一つ。本書の第10章は、すべて「ブランド拡張」について書かれています。ブランド拡張とは、簡単に言えば、「一つのブランドを違ったカテゴリーに応用する」ということ。たとえばケロッグというシリアルのメーカーは、シリアルを「ニュートリ・グレイン・バー」というバー状の商品に応用しました。当然、シリアルもこのバーも、「健康」という意味では共通しています。つまり、ここでの大原則は何かというと、同じコンセプト、同じ意味がある、ということ。同じ意味をベースに拡張する、という基本的な考え方があるわけです。

ブランド拡張には、このほかにも様々な考え方があります。たとえば無印良品は、もともと食品の販売から出発しながら、アパレルや化粧品、日用品、住宅など、現在は様々なカテゴリーに拡張しています。なぜこのようなことが可能であったかというと、コンセプトの抽象度が非常に高かったからだと考えられます。シンプル、ナチュラル、地球規模で考える……など、無印良品にはいくつかの基本コンセプトがありますが、これらはみな抽象度が高いため、同じブランドでアパレルや化粧品などにも拡張することができたのでしょう。同様に、リクルートにも「Air」というブランドがあり、もともと「Airレジ」というレジアプリから出発して、現在は支払い、金融サービスなどまで拡張しています。このような例を見ると、「ブランド拡張」について、現在はまだまだ検討する余地があることがわかりますが、そこで同書の第10章に書いてあることが役に立つのではないかと思います。