田中 洋先生のブックトレジャー

ブランド戦略の第一人者田中 洋 先生が選ぶ、

ブランディング必読書

#01ブランド論-無形の差別化をつくる
20の基本原則-

著者:デービッド・アーカー

ブランド・マネージャー認定協会特別顧問を務める田中洋先生が、読者にとって“宝物”となるお勧め本を紹介する本連載。1回目は、ブランド論の第一人者として知られるデービッド・アーカー教授の『ブランド論-無形の差別化をつくる20の基本原則-』(ダイヤモンド社)です。田中先生に本書を選ばれた理由や概要、“宝物”となるポイントなどを伺いました。

『ブランド論』はアーカー先生を通じて
“ブランド・エクイティ”を学べる一冊である

本書を選択した理由は?

デービッド・アーカーとは?

今回紹介する本は、デービッド・アーカー先生の著書『ブランド論-無形の差別化をつくる20の基本原則-』です。この本が出たのは2014年。アーカー先生がブランドについて本格的な本を書き出されるのは1991年ごろで、それから約20年にわたって6~7冊を出版されており、それらを集大成した本がこの『ブランド論』です。これを読めばアーカー先生が考えていることの全体像が掴めるのではと考え、今回は同書を選択いたしました。

まずは、アーカー先生の人となりから紹介したいと思います。アーカー先生は現在80代で、カリフォルニア大学のビジネススクールの名誉教授です。1970〜1980年代にかけて、「モデラー」という数理的なモデルを作り、そこにデータを当てはめてモデルをテストするという、マーケティングサイエンス的なアプローチをされていました。同時に、市場調査や広告論についての様々な本も書いているほか、経営学的な『戦略市場経営』という本も書くなど、非常に幅広い分野でご活躍された方です。そして、アーカー先生が1994年に出した『ブランド・エクイティ戦略』という本は、非常に影響力を持ちました。アーカー先生のブランドについての著書は『ブランド・エクイティ戦略』以降、日本語版が出版されたものだけで5冊ほどあり、ブランド論について非常に幅広いと同時に影響力もある研究者、と言えるでしょう。

本書の概要は?

「ブランドは資産である」という考え方

アーカー先生の「ブランド・エクイティ論」の最大の特徴は、「エクイティ」という観点でブランド論を打ち出したことでしょう。「エクイティ」とは資産のことで、つまり企業の財産ですね。そうした観点でブランド論を打ち出したことで大変に注目されました。今でこそ当たり前のように思われていますが、「ブランドが企業の資産である」という考え方は、1980年代まではまったくなかったのです。アーカー先生の弟子であり、一橋大学の教授である阿久津聡先生が作成した図を見てもらうとわかりますが(※図1)、もともとブランドは製品計画の一部、という位置づけでした。それが次第に「ブランドは大事だ」と認識されていったのです。マーケティングには価格(Price)、流通(Place)、製品(Product)、コミュニケーション/広告宣伝(Promotion)という「4P」がありますが、この4つのPに加えて「ブランド」があるのではないか、とブランドの位置付けが変わってきたわけですね。そこで改めて「ブランドは資産である」という観点に立つと、図の一番右にあるように、ブランドは価格、流通、製品、宣伝の中央にあり、マーケティングを考えるうえでのあらゆる基礎である、というように考えが変わってきました。それが、アーカー先生が仰った「ブランドは資産である」という考えの結果であったわけです。

では、改めて「ブランドは資産である」とはどういう意味なのか、考えてみましょう。企業は、いろいろな資産を持っています。たとえば建物、土地、工場、事務設備。つまり、「ブランドは資産である」という考えは、こういった「モノ」としての資産と同じようにブランドを扱いましょう、という意味があるのです。企業が建物を保有していれば、手入れをして、メンテナンスしないといけませんよね。無形資産であるブランドも、同じように様々な問題が起きるので、企業は一生懸命手入れをして、扱って、育ててあげないといけない。そのような考え方への変化の根本が、この「ブランド・エクイティ」という考えにあるのではないかと思います。

ブランド・エクイティの重要性について

もう少し、ブランド・エクイティについて考えてみたいと思います。アーカー先生の別の著書『ブランド・エクイティ戦略』では、ブランド・エクイティの「4つの次元」について書かれています。1つは「ブランド認知」。つまり、ブランドの名前がどの程度知られているかという知名度です。2つめは「ブランド連想」。ブランドから消費者が発想すること、思い出すことですね。3つめは「ブランド・ロイヤルティ」。そのブランドを続けて買うという行動、意欲のことです。4つめは「知覚品質」。消費者がそのブランドから感じる品質の程度ということです。『ブランド論』でも書かれていることですが、こういったことを明確に表したこともアーカー先生の貢献ではないかと思います。本当にこの4つでいいのかどうかという点は議論の余地があると思いますが、ともかくこれが基準となり、様々な議論が進むようになった側面はあるでしょう。

その後、ブランド・エクイティの研究は様々な方向で展開されています。たとえば、研究者やコンサルタントは、ブランド・エクイティを金銭、つまりお金の価値に換算して評価するという研究も行っています。また、アーカー先生たちの研究で、ブランド・エクイティは収益性(ROI)、いわゆる投資収益率にポジティブな影響をもたらすことを実証しています。つまり、ブランド資産が高ければ高いほど収益性も高くなる、という研究をしているのです。こうしたことからも明らかなように、ブランド・エクイティという考え方は、企業にとって非常に大事であることが伝わってきます。それがこの本の果たした、大きな貢献だと思います。

日本では重要視されていなかったブランド・パーソナリティ

この本の重要なキーワードの一つに、「ブランド・ビジョン」というものがあります。これは、アーカー先生の著書では「ブランドにこうなってほしいと強く願うイメージ」とされています。ただ、ブランド・ビジョンはワンワードで語りきれるものではなく、著書では「コア・ビジョン・エレメント」と「拡張ビジョン・エレメント」というものがあると書かれています。ここで、また図2を見てみますと、中央の「ブランド・エッセンス」は最もブランド・ビジョンの核心部分を端的に表す考え方とされています。つまりブランド・エッセンスがコアで、その他にもコア・ビジョン・エレメントがある、ということをここでは学んでおけば良いでしょう。

著書のほかのキーワードを挙げると、「ブランド・パーソナリティ」というものがあります。パーソナリティは「人格」ということ。つまり「ブランドを人にたとえて言えば、こういう人」という意味ですね。たとえば、米国にメットライフという保険会社がありますが、この会社では長年、スヌーピーをパーソナリティとして用いていました。一般的に保険会社はお堅く近寄りがたい、官僚的なイメージを持たれやすいのですが、スヌーピーを用いることで「思いやりがあって親しみやすい」というイメージを醸成したわけですね。このように、ブランドを人やキャラクターにたとえることによって顧客と新しい関係が構築できる、というケースがあります。

私見を述べさせていただくと、日本ではブランド・パーソナリティという考え方は従来、あまり意識されていなかったのではと考えています。なぜなら、日本人にはブランドをパーソナリティで考える癖がありません。日本では、広告に有名タレントを用いますが、多くの場合、定着させずに様々な人を起用します。それでは長年にわたるパーソナリティの形成は難しい。では、ゆるキャラはどうかというと、親しみやすいし、可愛いし、おどけているという要素で似通っていて、イメージの種類はありません。事実、日本のブランドを見渡してみても、実はほとんどが真面目だけど面白みはない、というパーソナリティです。これからはもっと、パーソナリティというものについて本格的に考える必要があるのでは思います。

組織でブランド価値観を共有する重要性

もう一つ、この『ブランド論』の特徴を挙げると、「組織としてのブランド」という話が出てくることです。アーカー先生は、組織、つまり社員や関係者がブランドの価値観を共有していることが大事だと仰っているのですね。一例を挙げますと、高級車の「レクサス」が最高の品質を持っている、ということを人々がなぜ信じるのかというと、レクサスの組織の人たちが品質第一の価値観を持っているためだから、というわけです。ですから、顧客に価値を伝えようと思ったら、組織の人たち自体がそのブランドの価値観をしっかり持っていないとダメ、ということですね。逆に、組織のブランドが形成されれば、企業ブランドもうまく機能します。たとえばGoogleという企業ブランドが確立されると、派生ブランドであるGmailなどのブランドも信頼が置かれるように。エンドーサー(保証人)としての企業ブランドが機能し、顧客に信頼性を与え、同時にリスクを減らすのだ、とアーカー先生は著書の中で仰っているのです。

アーカー先生は同時に、組織の中でこのようなブランドの価値観が共有化されると、組織の人々の間で大きな共通の目標が生み出され、それが顧客との関係の基盤になってくる、と述べています。つまり、組織の中での目標がすべてに優先されるという考え方は、結果として、顧客との関係構築に有用だというわけですね。たとえば著書の中でタニタの話が出てきます。同社はもともと体重計のメーカーでしたが、「タニタ食堂」を作ったころから「人々の健康増進を手伝う、そのための食品を発売する」という変化がありました。企業の売り上げのレベルからいえば小さいですが、ブランド価値で考えると、非常にブランドの存在感は大きくなりました。これはブランド戦略が成功した一つの例だと思います。(図3)

差別化ポイントが競合をイレレバントにする

最後に、この『ブランド論』の中でまだ紹介していないポイントをお話しします。その一つが「差別化ポイントがマストハブ(必須要件)になる」ということ。これは何かと言うと、ブランドが何か優秀な差別化ポイントを持つと、そのブランドは新しいカテゴリーを作り出し、競合をイレレバント(無関係)にしてしまう……というお話です。あるブランドがマストハブの差別化ポイントを持つと、顧客はほかのブランドとの比較をあまりしなくなってしまう、というわけです。たとえば、1983年にクライスラーという自動車会社がミニバンというものを作りました。それまでは、車といえばほとんどセダンというカテゴリーでしたが、それ以外にミニバンという新しいカテゴリーを作ったのです。本の中では、そのように新しいカテゴリーを作ることが、競合企業をイレレバント(無関係)なものにするポイントだと書かれているのです。日本では1987年販売のアサヒスーパードライの例が有名ですね。つまりドライビールが出て、人々は「ドライビールとそれ以外」と認識するようになった、そしてドライビールの中で主だったのはアサヒスーパードライだったので、みんなそれしか選ばなくなったわけです。こうした例は今もいろいろとあり、サントリーウエルネスという健康食品を販売している会社は昔からセサミンという商品を出しており、「セサミンといえばサントリーウエルネス」となっています。これも、カテゴリーを作ることで競合をイレレバントにしてしまった例と言えるでしょう。

宝物となるポイント

アーカー先生を通してブランドを学ぶ

第一に、アーカー先生はこのような「ブランド・エクイティ論」を作ってこられた最もビッグな人ですから、アーカー先生がどういうことを言っているのか、特にブランド・エクイティとはどういうものなのか、アーカー先生を通じて学ぶのが良い、ということが挙げられます。また、アーカー先生はブランド・ビジョンやブランド・パーソナリティなどいろいろな考え方を表されておりますので、こうした考えをうまく取り込んで、自分たちが最も実践しやすいやり方を考えるのがいいでしょう。そして第二に、「人」の問題です。よくアーカー先生が仰っていることの一つに「組織はサイロになりやすい」というものがあります。つまり部署ごとの連携がない、という意味で、「サイロをぶち破らないといけない」とアーカー先生は仰っているのです。なぜなら、どうしても企業は機能的な組織の分け方をしてしまいます。たとえばマーケティング部門、広告部門、人事部門、営業部門……と部門別に分かれてしまいがちですが、ブランドを作ろうと思ったら、こうした部門の壁をぶち破ることを考えないといけません。このように「人」の問題に着目するのも、ブランドを作るうえでの取り組むポイントかなと思います。

田中先生の視点

ブランドに対する考え方に最も影響を受けた

私はアーカー先生とは1991年に初めてサンフランシスコでお会いしました。その時、アーカー先生を中心として、多くの研究者がブランドに関心を持っていることに非常に驚いたのです。なぜなら、その当時、日本でブランドに関心を持っている人はほとんどいなかったからです。 私自身が個人的に影響を受けたエピソードをお話しします。ブランド・エクイティという言葉が出てきた背景と関連するのですが、1980年代は価格やプロモーションが非常に重視される時代でした。当時、プロモーションや値引きは効果があるということがわかり、みんながプロモーション、値引きに走ったのですが、その結果、値引きしても売れなくなり、値上げしたらもっと売れなくなり、ブランドがすっかり壊れてしまった……という悲惨な経験がありました。そこからブランド・エクイティ論が出てきたわけです。また、1990年代に「ブランド」という概念が出てきた時は、「流行」と言われることもありました。ただ、私はそれは間違いで、ブランドは単なる流行ではなく、マーケティングにとっての根本的な考えがブランドにあると考えていたのです。以来30年以上、ブランドは繰り返しいろいろな形で検討され、話題になっていますので、流行ではなかったのは明白だと思いますが、いずれにしてもブランドが最重要な考えである、と教えてくれたのはアーカー先生であり、私個人にとっても、そこが最も影響を受けた点ですね。