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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >齋藤潤一氏

1粒1000円の“国産ライチ”で持続可能な地域経済を創出 

一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(こゆ財団) 代表理事 齋藤潤一氏

【プロフィール】

一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(こゆ財団)
代表理事 齋藤潤一氏

一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 アドバンスコース受講者

1979年大阪府生まれ。米国シリコンバレーの IT ベンチャーでブランディング・マーケティング責任者として従事。帰国後、2011年の東日本大震災を機に「ソーシャルビジネスで地域課題を解決する」を使命に活動を開始。持続可能な地域づくりの実現を目指して、全国各地の起業家育成に携わる。 2017年4月に新富町役場が設立した地域商社「一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(こゆ財団)」の代表理事に就任。2018 年11月、国の地方創生の優良事例に選出される。 MBA(経営学修士)。2019年度のブランディング事例コンテストでは「新富ライチ」の事例で農商工連携審査員特別賞を受賞。


聞き手:一般財団法人ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本




「強い地域経済をつくる」を使命に、産業支援や人材育成などの事業を手掛けるこゆ財団。生産の存続が危ぶまれていた国産生ライチに着目し、ブランディングを実施。希少で糖度の高い「新富ライチ」を全国に広め、売り上げや収穫量を拡大したほか、2年間で1万人以上の関係人口を創出するなど顕著な実績を生み出しています。「新富ライチ」のブランディングを手掛けたこゆ財団代表理事の齋藤潤一氏にお話を伺いました。




産業支援の一環で「新富ライチ」のブランディングに着手

聞き手

まず、「こゆ財団」とはどのような組織なのか教えてください。どういった目的で設立されたのでしょうか。


齋藤氏(以下、敬称略)

「こゆ財団」は、2017年4月に宮崎県新富町が旧観光協会を法人化して設立した、地域商社です。使命は「強い地域経済をつくる」こと。人口減少や少子高齢化、財政難という地域が抱える課題と向き合い、持続可能な地域の実現を目指しています。メンバーには新富町役場や旧観光協会職員、民間企業など、さまざまな出自と経験を持つ人が名を連ねています。私は知人を介して出会った前執行理事の方から依頼を受け、代表理事に就きました。


聞き手

主にどのような事業に取り組まれているのでしょうか。


齋藤

主な事業は、町の特産品である農産物を中心とした販路開拓や商品開発を実行する「産業支援」と、得られた利益を人づくりに投資し将来に還元する「人材育成」です。今回の「新富ライチ」のブランディングも、これらの一環として取り組んでいます。


聞き手

「新富ライチ」とはどのような商品なのでしょうか?


齋藤

宮崎県新富町の農家で栽培されている、糖度15度以上、1粒のサイズが40グラム以上という規格をクリアした国産の生ライチです。1粒がとても大きく、ジューシーで甘みと酸味のバランスが取れており、鮮やかな赤色の果皮や驚くほどにあふれ出す果汁、白く透き通った弾力のある果肉などが特長です。中でも注目は、ゴルフボールよりも大きい1粒50グラム以上の「新富ライチPremium50」で、1粒が1000円。1本の木からわずかしか収穫できない、国産ライチの最高峰といえる商品です。


聞き手

「新富ライチ」のブランディングを行うことになった経緯を教えてください。


齋藤

まず、「新富ライチ」の歴史についてご説明します。「新富ライチ」の栽培は、新富町のライチ生産者の森哲也さんが30歳のとき、農業を営んでいた父親の泰男さんがライチの苗を導入したことから始まっています。当時泰男さんは、導入した10品種の中から5年をかけて「チャカパット」という大きな果実が特徴の品種に絞り込み、栽培を行っていました。その父のライチを食べた哲也さんは、おいしさに感動し、それまでに生産していた洋蘭「シンビジウム」から方向転換してライチ栽培を始めることにしたんです。


聞き手

感動体験から栽培が始まったわけですね。その後の道のりは?


齋藤

以降、哲也さんは宮崎マンゴーの生産技術を応用してライチのハウス栽培を開始するなど、生産性と品質を向上させる方法を磨いていきました。ですが、栽培を開始してからの利益はほぼゼロで、販路も開拓できず、栽培の存続が危ぶまれていたんです。当時、国内で流通しているライチは99%が海外産の冷凍品で、国産の生ライチはわずか1%と希少だったのですが、その希少性も伝わらず、生産現場は疲弊していました。そこで、設立されたばかりの「こゆ財団」でその希少なライチに目をつけ、哲也さんと協働で、産業支援事業の中核としてブランド化に取り組んだのです。


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