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一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 > スペシャルインタビュー >津端 裕氏 Vol.2

メガヒットブランド「瞬足」誕生の秘密 – 後編

津端 裕氏 Vol.2 アキレス(株) シューズ事業部事業企画本部 マーチャンダイジング室 副本部長兼室長

聞き手:一般財団法人 ブランド・マネージャー認定協会 代表理事 岩本俊幸

【津端 裕氏のプロフィール】

1986年アキレス(株)入社、シューズ事業部量販店部配属。

ダイエー、イトーヨーカ堂、靴のマルトミ、イオンを担当。

以後、ほぼ19年間は、量販店担当一筋の営業人生を歩む。

2000年より営業兼務で商品企画開発リーダーを務め、

レディスカジュアル担当からアダルトスポーツシューズ、

ジュニアスポーツまで担当。

02年「瞬足」開発に携わる。

05年商品企画部、商品企画課課長(開発専従)で商品企画開発リーダーも継続兼務。

07年商品企画開発部部長(兼商品企画課課長)。

10年商品企画開発本部副本部長。

11年事業企画本部 副本部長MD室室長兼務。


津端 裕氏の主な著書

  • 開発チームは、なぜ最強ブランド「瞬足」を生み出せたのか?―苦境からの大逆転!子どもの2人に1人が履く奇跡のシューズ誕生物語




メガヒットブランド「瞬足」誕生の秘密(後篇)

聞き手

開発から2年目の2004年の段階で、「瞬足」の販売数はどれくらいだったのですか。


津端

発売2年目で100万足近い販売数を叩いています。「ランドマスター」は150万足から80万足に落ちて、防水機能で120万足まで盛り返していました。それに瞬足100万足が加わったわけですから、アキレストータルとしてのシェアは大幅に伸びました。
それでも、コンサバティブな大手得意先は、防水の「ランドマスター」が売れているのだからと、4シーズンまで「瞬足」を入れさせてくれませんでしたね。開発の立場から何度もお願いしましたが、ものすごく慎重でした。昔は、新しいことにどんどんチャレンジさせてくれた量販店でしたが、規模が大きくなって慎重になっていたように感じます。


聞き手

「瞬足」が最大の成長期を迎えるのは?


津端

2005年の時点で、単独で150万足を販売していますが、テレビCMを入れたことでその後、一気に拡大しました。従来、テレビのアニメキャラクターの商品枠でしたが、それを「瞬足」に代えて、オーソドックスに機能性を訴求しました。子どものスポーツシューズでそういう機能性を謳ったCMを出しているところはなかったですから、話題に火がつき、成長に加速がつきました。


聞き手

その後は一気にピークへ?


津端

実は、そこで想定外の生産ショートを起こしたんです。中国の工場1社だけでしたから、生産が追いつかなくて。でも、品切れ状態が逆にお客さまの飢餓感を刺激したようで、当時、任天堂のDSも大人気だったのですが、取引先のバイヤーに「DSと瞬足は品切れですごいね」と言われていました。
しかし、すぐに中国の工場が対応して生産ラインを増やしてくれたので、機会損失はそれほどなかったと思います。中国工場の素早い対応が大きかったですね。


聞き手

それはやはり、信頼関係をきちんと作っていたからでしょうね。


津端

弊社がジュニアスポーツ靴の売れ筋をずっと作り続けてきて、向こうはそういう売れている状況に対する生産のフォローを最大限考えてくれる。そういう関係でしたね。


聞き手

欠品、増産、欠品、増産でプロモーションも必要がない。


津端

実際に売場からは「店頭在庫がショートするからプロモーションを打つのは勘弁してくれ」という声も挙がったこともありました。


聞き手

その後、「瞬足」は年間600万足を売る巨大ブランドに成長していくわけですが・・・。


津端

2005年に開発専従になって考えたことはブランディングでした。個々の単品商品をつくるのはもちろん面白いのですが、それを市場の中でどういうふうに育てていくかが専従の仕事だと考えていました。
実は、弊社はそれまで自社ブランドのブランディングをあまりやったことがなかったんです。契約ブランドは先方のディレクションがありますから、やるべきこと、やってはいけないことがありました。しかし、自社ブランドは売れれば、一気呵成にどこまでも売ってしまう。「瞬足」が売れるなら、なんでも「瞬足」にしてしまえという傾向があったので、ブランドを育てるという思想が必要だったわけです。
開発がこういう商品を作りたいと言ってもそれを止めるのが私の役目でした。例えば、「瞬足で長靴を作りたい」といっても、ブランドコンセプトから完全に逸脱しています。実際に、「瞬足」でサッカーシューズを作ったことがありました。「瞬足」なのに左右非対称じゃない。「それ、いいのかなあ」と思いながら、「売れればいいじゃない」という声に後押しされる(苦笑)。



聞き手

へえー、2005年までそういう状態だったのですか。今の成功を見ると考えられないですよね。


津端

そうなんです。結局、長靴の開発もやめましたし、左右対称のサッカーシューズも2年後に左右非対称のモデルにリニューアルしました。


聞き手

左右非対称のサッカーシューズとは?


津端

ボールを蹴るときの軸足と蹴り足に、別々の機能と意匠を凝らした設計です。
そういうほころびを直し始めたのが2005年でした。


聞き手

あまりにも一気呵成に行き過ぎて、ブランド管理が追いついていなかったのですね。


津端

当時の社長に、「君は作るだけでなくて、ブランドをトータルできっちり見てくれ」と言われましたね。それからは、例えば、商標マークの統一を徹底させたり、開発にも厳しく言うようにしました。デザイナーの意向でマークを勝手に変えたりしていましたからね。そうした「悪役」を演じながら、ブランドをどう育てていくかを整備していきました。


聞き手

しかし、早くからそれをやったから、その後も安定的に成長できたのでしょうね。
今に至るまでで、これをやっていなかったら、うまくいっていなかったということはありますか。


津端

やはり、「左右非対称」という最初に定まった機能を大事にしたことでしょうね。それと、最初から「速く走れる」という打ち出し方はせず、「コーナーで差をつけろ」というベースを絶対にくずさなかったことですね。それにつながらない商品は排除していきました。


聞き手

ブランドマネージメントがどうこうという以前に、開発当初からブレない軸を意識していたということですね。


津端

振り返ってみて、一番大事なことは「ブレなかったこと」ですね。「瞬足」の上履きとか、キッズ用、女子用とアイデアはどんどん出てきましたが、ブランドコンセプトの軸だけはブレないようにきっちり守っていました。


聞き手

それは商品のラインナップであり、メッセージなわけですね。
逆に、これは失敗だったというのはありましたか。


津端

「瞬足」に関して唯一失敗といえるのは、アイコンの商標取得ですね。そこをきっちりやっていなかったので、海外で似たようなロゴとかが出てきています。自社ブランドのブランディングをやったことがなく、ここまで売れて初めて出てきた問題なので、対処が後手に回ってしまいました。中国で商標を取るのがこれほど大変とは思いませんでした(笑)。


聞き手

あー、中国で(笑)。


津端

今も、ものすごく苦労しています。


聞き手

「瞬足」のネーミングについて、何かエピソードはありますか。


津端

漢字のネーミングにすることはブランド開発に入る前から決めていました。海外で人気のクールジャパン風でもあるし、漢字ならシンプルにコンセプトを伝えられますからね。開発当時に決めたのは「疾風(はやて)」だったのですが、商標が取れなかった。そこで、弊社が持っている商標を全部書き出して、その中からふさわしい名前として出てきたのが「瞬足」でした。



聞き手

それは誰かのアイデアではなく、みんなで決めたのですか。


津端

最初に「疾風」を決めたときから、メンバーみんなでそれにふさわしい漢字をずらーっと書き出して選ぶ方式をとっていました。その中でベストを選んだのですが、残念ながら「疾風」は没になりました。


聞き手

土壇場でネーミングを変えることに不安はなかったですか。


津端

年末に「疾風」の商標が取れないことが分かりまして、年明けにはセールスミーティングでプレゼンしなければならない状況でしたから、「疾風」に執着するよりも代案を探すのに懸命でした。後になって、「結果的にそれ(瞬足)で良かった」とみんな言ってくれましたけどね。


聞き手

ところで津端さんは、子どもの足の定点観測をやられているとお聞きしましたが。


津端

小学校の運動会は2000年から13年間、カメラで撮り続けています。それ以外の場面では完全に目に焼き付けるようにしています。というのも、大阪の池田小学校で子どもたちが襲われた事件以来、カメラを子どもに向けていると怪しまれるようになったからです。ただ、運動会だけは撮り放題なので毎年続けています。
当初はアナログのカメラだったので、現像に出してみるとせっかく撮った写真が全部失敗だと思われて現像してくれていなかったこともありました(笑)。


聞き手

撮り続けることで、どういう変化が分かるのですか。


津端

色や素材の傾向の変化はもちろんですが、店頭で売ろうとしている商品と、実際に子どもたちが履いている商品とのズレが分かるんです。
例えば、男の子用の靴で黒赤とか黒ピンクの配色を実験的に作ったことがあるのですが、それまでグレーだとかオーソドックスな色だったのに、意外に赤やピンクの配色ものも履かれることが分かったんです。これは大人のトレンドを子ども用にアレンジしたものでしたが、子どもたちは抵抗なく普通に履くんですね。



聞き手

定点で数多くサンプルを集めるというのは、まさに現場に答えがあるからですね。


津端

「瞬足」以外のブランドもそうなのですが、カジュアルシューズだと定番の黒、ダークブラウン、ベージュだけ作ると予想以下の数しか売れないのですが、その年のトレンドであるチャコールとかピンクとかを入れたら売れたっていう商品はいっぱいあるんですよ。


聞き手

ちなみに、運動会はどれぐらいの頻度で何枚ぐらい撮るのですか。


津端

子供の小学校で年1回。そこで200~300枚は撮ります。子供が卒業してからはPTAにお願いして、撮らせてもらっています。そのほか、下駄箱の靴の写真も撮らせてもらっています。


聞き手

御社でそこまでやられているのは津端さんだけですか。


津端

業界でも私だけでしょう。そもそも、足元ばかり撮っているのも怪しいですよね。当時の社長からは変人よばわりされていました(笑)。


聞き手

アナログだったころは、現像した写真屋さんも怪訝に思ったでしょうね(笑)。
今は、写真を撮らなくても頭の中で撮影している感じなのですか。


津端

人に会うと必ず必ず靴を見ますね。会話の中で、相手の靴のサイズとかブランドとか言い当てると驚かれます。


聞き手

さて、次の開発のテーマは「足育」と伺っています。


津端

運動会を撮り続けていると、子どもの足の変化に気がついたのです。それが、次のライフワークの「足育」なんです。


聞き手

具体的にどういうものですか。


津端

今の子どもたちはあまり歩かなくて済むような生活をしていますから、足が退化しているんです。土踏まずも退化して偏平足の子が増えている。そういう子が「瞬足」を履いてもフィットしないんです。運動会で靴がすっぽ抜けたりして、足の幅がぜんぜん靴に合っていません。いくら、マジックテープを強く閉めても脱げてしまう。だったら、2Eよりもタイトな1Eも作ろうと、開発に着手しました。


聞き手

そういうことは足を見て分かるのですか。


津端

靴の履き方で分かります。テープの巻き方でも分かります。あと、偏平足の子どもや、足の指が地面から浮いてしまっている浮き指の子は、スタートのとき上体は前かがみになっていますが、重心が後ろにあるので「よーい、ドン!」で後ろにひっくり返る子がいます。


聞き手

流行が変化するだけでなく、足そのもの形も変化していることに気づいたということですね。


津端

我々の年代はどちらかというとO脚で地面にしっかり踏ん張っている子どもが多かったのですが、今は、踵(かかと)外反といって踵の骨が内側に傾いている子どもが増えています。現在の子どもたちは、歩く習慣が減ったのが原因と考えられます。
そのことが写真を撮っていても常に気になっていました。とはいえ、靴が脱げてしまうのは、現代っ子の足に合った靴を提供していない靴メーカーの責任でもあります。
それで、次の企画を全部「足育」というテーマに込めたんです。


聞き手

それはいつから、どういう形で世に提唱しているのですか。


津端

実はこの秋に、「足育」シリーズとして出すのが初めてなんです。まず、幼児の足からスタートしようと、「瞬足ベビー足育シリーズ」の開発に取り組んでいます。そして、3~10歳くらいのこれから足が発達する子どもたちに最適な靴を提供しようというのが、足育のビジョンです。


聞き手

これはビジネスというより、社会貢献事業とも言えるものですね。これも一つの大きな軸になりますね。


津端

今年5月の記者会見で、弊社の社長が「足育宣言」を発表しています。
10年スパンで考えた場合、けして大げさではなく私のライフワークだと思っています。なぜ「瞬足」が600万足売れるのかをずっと考えていたら、実際に子どもにも聞いたのですが、履き心地がいいという結論に行き着いたんです。
アキレスの靴は、ヒールの高さ、つま先の角度など、成長に応じてサイズごとに繊細に設定しているので、履き心地がいいんです。そんな厚い資料を開発畑の先輩に見せられたときに感動しまして、これにもう一度スポットを当てなければいけないなと。これをお客さまに伝えなければならないなと思ったんです。



聞き手

実はそこが、本質的な最大の強みだったということですね。


津端

そこがアキレスの原点です。「瞬足」を通じて、あらためてそこに気づかせてもらった。「瞬足」10周年を機に、今後はより「足育」視点での商品開発に力を入れていきます。


聞き手

最後に、ブランドを築いていく上でのアドバイスをいただけませんか。


津端

対象の商品、サービスは違っても、やはり重要なのは現場ですよね。そこを見ていないと絶対おかしくなるし、迷ったら現場を見ることですね。売場だけでは駄目で、エンドユーザーがそれを使用しているシーンまで見なければなりません。
「仮説と検証」とよく言われますが、仮説を立てて、それを現場で検証することで、法則性が見えてきたり、次にやるべきことが見えてくる。それが見えたときには鳥肌が立ちます。それは現場をよく見ないことには分かりません。


聞き手

今日のお話の一番大事な視点はまさにそこですね。今回はとても強烈なメッセージをありがとうございました。


津端

今は会議が多くなって、なかなか現場に行けないのがストレスですけどね(笑)。


※掲載の記事は2016年4月時点の内容です。
掲載内容が変更となっている場合がございますので、ご了承ください。